2008年01月13日


A子 <OLA子のキャリアアップへの道>

自己受容感

風邪を引いた。
先週の水曜日から喉が痛くて、鼻水が止まらない。
背中にカイロを貼ってあたためているので、ひどいことには
なっていないけど、体が重く、だるい。
おかげで予定をいくつかキャンセルし、ちょっとがっかり。

原因は火曜日に薄着をしたこともあるけど、精神的なものもある。
何をしても、何かうつろというか、集中できないというか。
特に仕事。特に会社。
何故そうなのか心の深いところは見ずに、毎日をやりすごして
いる状態。
思うのは、会社でのこのギクシャクとした状態は自己受容感のなさ
から来ているのだろうということ。

自己受容感がないから、どんな行動をとっても「これでOK!」と
いう感じがまるで湧いてこない。
これまで仕事でOK感が得られないのは、自分のやり方が悪かった
り、知識がないからだろうと思い、追い立てるように仕事をして
いた。
でも、いつまで経ってもこれでいいと思えない。
私は、今自分が出来ることを出来る範囲でやっているのに、あれも
出来ていないこれも出来ていない、と出来ていない自分を責める。
出来ないことがあって当然なのに、そんな自分を許せなかった。

問題は自分の理想通りに出来ない私にあるのではなくて、出来ない
自分でもいいと思えない私にある。
出来なくってもいいのに、それじゃダメだダメだダメだって、自分を
責め続ける。

人と私は違うもの。
人が出来るからと言って、私がそれを出来なくったっていい。
でも、人が出来るのに私が出来ないのはダメな証拠だって思ってた。
人には出来なくて私には出来ることだってあるのに。

小学校の頃からそうだった。
私は体育が苦手で、跳箱や鉄棒が大嫌いだった。
クラスの殆どの子が出来ることを私は出来なかった。
ものすごいコンプレックス。
そのかわり絵を描いたりすることは得意だったのに、ちっともそれが
いいものだと思えなかった。
オールマイティでなくていいのに、完全な私でないことを責め
続けた。

人と違って当然。
人と違ってこそ私。
人と違うから私。
違いは違いでしかない。
良い悪いの基準ではない。
なのに違うということをどれだけ「悪」だと思ってきただろう。

どんなにバカなことを言ったって、どんなに物事を知らなくっ
たって、それで周りから笑われたって、それでいいじゃないか。
だってそれが私だから。
その状態に良いも悪いもない。

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2008年01月06日


A子 <OLA子のキャリアアップへの道>

私のお正月

あけましておめでとうございます。
と言っても、1月4日から既に仕事が始まっているので、
お正月気分はすっかり消えてしまいましたが。

今年のお正月は実家にも帰らず何をしていたかと言うと
「寝る・食べる・買う」の毎日でした。

お正月の前に年末の店勤務にヤラれました。
慣れない事をした疲れで31日は死んだように寝てました。
毎年、年末の店勤務はおせちの受渡しカウンターに入って
いたので、今回もそうだろうと思っていたら、副店長から
笑顔で「食料品売場ね」と言われました。
「エッ!?私やったことないけど・・・」と思ったものの
せっせと商品の補充をすることに。
チーズやらヨーグルトやらを補充してました。
それを2日間続けた為、疲れ果て31日はぐったりしてました。

元旦は昼過ぎまで寝た後、9割手をつけていなかった年賀状作り
をようやく始めました。
もう年明けてるって・・・。

本もいくつか読みました。
その中の1冊は、私の会社の前社長が書いた本です。
もう今は社長を辞めて、別の会社にいますが、その人が社長であった
1年半の間のことをまとめた本です。

本の中では「リーダーには周りの人からいかに変人と思われようと、
自分がこうだと決めた道を貫ける意志の強さが必要だ」と書いて
ありました。
全くその通りですが、それがどれほど難しいことか・・・。
自分の身一つにおいてさえ、自分の意志とは何なのかが分からず
フラフラしている私には遠いことのように感じました。
私の場合、自分の意志を貫くというより、その前段階で、
「自分の意志」が正しいかどうかであたふたしています。
正しいも間違っているもないのに、何かにつけ評価したがる私の
傾向です。

本の最後にはその人が、社長をやめることを決心した理由が
書かれていました。
その人が辞めるとき、私は「私たちのことを見捨てるんですか?」と
言いました。
その人は「私が何故今辞めるかは、そのうち理解してもらえると思う」
と答えました。
私はその時、本当は「辞めないで」と伝えたかったのに、「見捨て
る」という言い方をしました。
辞めざるを得ない理由があることも分かっていたのに。
本を読んで、そんなことを思い出しました。

元旦が明けた2日、3日は初売りに出かけました。
が、思った以上の人。
東京はお正月でも人が多いのね・・・。

こんな風に始まった2008年。
皆さん今年もよろしくお願いいたします。


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2007年12月30日


A子 <OLA子のキャリアアップへの道>

仕事納め

今日は今年最後の仕事の日。
毎年恒例の店応援の日。
久しぶりに1日中、立ちっぱなし、動きっぱなしで疲れ
ました。
明日はゆっくり寝て疲れを癒します。

今回は実家には帰りません。
帰らない理由は、何でしょう・・?
帰らなくてもいいような気がしたからです。
ここ何年か、この時期になると実家に帰ろうか、
帰るまいか迷っていたけど、今回は帰らないでみよう
と思ったのです。
家でゆっくりすることにします。

今年一年を振り返ってみると、よく悩んだ年でした。
悩んだ、というより苦しんだ、と言った方がいいけれど。
苦しんだことをクリアできたわけでも、自分で腹をくくれた
わけでもありません。
来年も引き続き、苦しむのでしょう。

だけど、何かを選択できない、自分の腹をくくれない、そんな
状態の自分がいるのだということをつくづく実感した年でした。
そんな自分が、今ここにいる。
それだけは確かで、そんな自分であることは仕方のないこと。
今は自分に言い聞かすように、その言葉を繰り返している私がいる。

今の私は、昨年の私ともその前の私とも違う私。
ちょっとずつではあるけれど、変化している自分。
来年には来年の私がいる。
そう思うと、希望が見える。

そして、来年は恋愛をします、恋愛!
では来年も、よろしくお願いいたします。


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2007年12月23日


A子 <OLA子のキャリアアップへの道>

恋愛がしたい

恋愛がしたい。
最近、ウキウキ感がない。
誰かを好きになった時の、あのウキウキ感を味わいたい。
でも、私の恋愛はうまくいかない。
これまで何人も何人も好きになって、
何度も何度も思いを打ち明けたけど、振られることばかり。
何人の人に振られただろう・・・。

好きになる人には振り向いてもらえない。
「私は振り向いてもらえない人を好きになるから恋愛が
 うまくいかないのだ」とCSNで言われた。
確かにそうなんだろう。
無意識のうちに、そういう人を選んでいるのだろう。

でも、信じたくない。
そんな人ばかりを選んで好きになっているなんて、何て
報われないことを繰り返しているのだろう。

一方で、自分のことを好きになってくれる人には全く興味が
持てない。
私がほしいものは、こういうものじゃないの、と思ってしまう。
私のことを好きになってくれる人のことを好きになれるのだろうか。
好きでいてくれる人の思いを受け入れる、と想像しただけで
ものすごい嫌悪感が走る。
気が重たくなる。
全然ウキウキしない・・・。

やっぱり自分が好きになった人に、好きになってもらいたい。

ないものねだりなんだろうか?
自分がほしいと思うもの以外は、価値がないように思う。

現実には「自分がほしいと思うもの」以外にもいいものは
周りに沢山あると思うのだけれど、それを「いい」と実感
する経験を私はこれまでしてきてないんだろう。

ああ、恋愛がしたい・・・。


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2007年12月16日


A子 <OLA子のキャリアアップへの道>

私が大企業を選ぶ理由

私はずっと大企業で働きたいと思ってきた。
「ずっと」というのはいつからか、と言うと、高校生の時
にはぼんやりとそう思っていたし、大学生の時には明確に
そう思っていた。

「どんな仕事をするか」ということよりも
「どれだけ安定した会社で働くか」ということが大事だった。
仕事の内容にこだわりは何もなかったし、「これがやりたい」
という仕事も自分の中に見つけることはなかった。
会社の中で与えられる仕事を、コツコツとやっていくのだろう
と思っていた。

自分のやりたい仕事を見つけようとしたこともあったが、
そんなに一生懸命、「仕事」について調べたり、体験
したりということもせず、今思えば「ぽわーん」とした
空気の中で、ぼんやりと彷徨っていただけだった。

私が大企業に憧れる理由は、家族にある。
父はサラリーマンで、母は家でクリーニング店を営んでいた。
父は地元では名の通ったメーカーに勤めていたが、高卒
だったことで、思うように出世が出来なかったようだ。
父は時々「大学にさえ入っていれば」ということを私の前で
漏らした。
金銭的な事情により大学進学を断念したらしい。
父は高校時代は成績優秀だったようで、当時の先生からも
大学進学を勧められていたようだ。
そのことが余計、父の「大学に行っていたら」という悔いを
強めたのだろう。

父は、姉や私が進学校に入り、国立大学に入ったことを誇らしく
思っていた。
自分の出来なかったことを子供に実現させたいと思っていたの
かもしれない。
父から勉強や進学についてうるさく言われたことは一度もなかった
けれど、子供の私は自分が頑張ることで、父を誇らしい気持ちに
させたいと思っていた。

そんな父は私が大学生の時に、会社の上司とケンカをして会社を
辞めた。
不景気だったこともあり、思うように再就職が出来ず、警備の
アルバイトなどをしていた。
その後、父の友人の助けで、ある会社で正社員としての仕事を得た。

それ以外にも父は、個人的なことで借金を作り、親戚に迷惑を
かけるようなこともあった。
借金のことも会社のことも両親から詳しく話を聞いたことはない。
私が両親に詳しく話をしてほしいと頼んだこともない。
私と両親との間は、ものすごく遠かった。

父の給料だけでは生活出来ない為、私が子供の頃から母は家の一部を
改築して、クリーニング店を営んでいた。
但し、そんなに儲かる仕事ではなかった。
もともと、客とクリーニング工場との取次ぎをするだけの仕事だから、
利益が薄い。
しかも出来高払いである為、季節によって収入の変動が激しく一定
しない。
近隣には競合のクリーニング店が多く、競争も激しかった。
何故、母は儲けの少ないこんな仕事をしなくてはならないのかと
思っていた。

そんなこともあり私は安定した企業で働きたいと思った。
結婚したからと言って、相手の給料でずっと食べていけるわけでは
ない。自分で稼がなければ、相手に頼らざるを得なくなり、自分の身が
不自由になる。
それは嫌だった。
有名な大学に入り、有名な企業に入れば「安定」という切符が手に
入ると思っていた。
父や母のような思いは絶対にしたくないと思った。

今は、大企業に入れば一生安定するなんて、単なる幻想だと
分かっている。
ただし、その幻想を捨てることに恐怖を覚える。
捨てようとする度に、父と母の姿が私の目の前をちらつく。


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2007年12月09日


A子 <OLA子のキャリアアップへの道>

子供

昨日かなりんに八ツ当たりをした。
八ツ当たりという表現が適当かどうかは分からない。
自分の中に抱えているものを、一人では抱えきれなくなって、
それを表出したかった。
そしてそれはAではなくCで表現しなくてはならなかった。
だって、ラケット感情だから。

自分の中のもやもやとしたものを表現する為には、Aでは
とても表現できなかった。
周りの人がそれを見てどう思うかなんてどうでも良かった。
私の中はCでいっぱいだった。
そして私はかなりんをかなりんとして見ていない。
彼女を私の母親として見ている。

自分の感情を、思いを言葉にするということ。
私にはそれがよく分からない。
何を言葉にしたいのか。
何を伝えたいのか。
言葉にした途端に、私の中にあるものとは別物になってしまう。
自分の中にある原始的なものを言葉にする術が分からない。

自分の中で原始的なものがわきあがってくる。
自分では必死にそれをかき消そうとしているのだけど、
周りからしたら私が何にとりつかれているのか分からない。
何だか熱病にうなされて幻覚をみているみたい。

休職から復帰した後、ずっと肩がこわばっている。
自分が見たくないものを忘れちゃいけないよって、体が教えて
くれてる。
私はそれを外したくて仕方ない。
朝起きたら、今日は外れているんじゃないかって思う。
でも、外れていない。
両肩に重くのしかかっている。
それは母親。
私自身が、勝手に作り上げた母親というしがらみ。

サイコドラマがうまく出来なかった私。
参加メンバーが少ないことにへそを曲げている子供の私。
そのことをうまく出来なかった理由にしている私。
でも最初からサイコドラマをやりきる覚悟なんかなかった。

私の人生。
今までずっと私として生きてきたけど、私は誰の人生を生きて
きたのだろう。
自分の人生と呼ぶには、あまりに淡白で味気ない。
水槽の中の人生みたい。
ガラス越しに自分の人生を見てきた。
まるで他人事みたいに無表情に自分の人生を見てきた。
これを自分の人生と呼ぶには、私にはあまりに悲しくあまりに
重かった。
物語の中の別の人物の人生と思った方がずっと楽だった。

随分長い間、私は自分の中の子供をほっておいてきた。
その子がいくら私の中で暴れても何しても、私には関係ないって
思ってきた。
だって、あなたは私の子供じゃないからって思ってきた。
だからどんなにわめいても叫んでも、「どっか行って」ぐらいにしか
思ってなかった。
暴れているその子の問題よ、って思ってきた。
でも、それは私の問題。
その子は私の子供。
そして、その子を満足させてあげられるのは私だけだ。

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2007年12月02日


A子 <OLA子のキャリアアップへの道>

サイコドラマ

昨日はCSNの講座でサイコドラマをやりました。
私は、会社の上司との関係を再現して、何か
改善のきっかけを作れれば・・・と思ったのだけど、
うまくはいきませんでした。

まだまだ見たくないことがいっぱいあるなー。。。

今日は仕事で疲れたので、これくらいにします。
ではでは。

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