2013年03月07日


405 <七色仮面の告白日記>

歯痛たん

春めいた日々が続き、
日差しのぬくもりも真冬とは違うポカポカとしたぬくもりを感じつつ、
歯が痛い。。。

先週、ブログを書いているころから左奥歯に違和感があった。
なんとなく触っていたらグラついてる気がして、
それを何度かしているうちに痛みが増してきて、
とうとう食事の咀嚼で激痛が伴うようになった。

時はすでに金曜の夜。
翌日にでもかかりつけの歯科へ行きたいのに、
医療券の発行という前提があるため週明けまで待たなければならない。
まずは、この痛みを止めるのに市販薬を購入した。

服用する際は何か食べてからという指示を受け、
なるべく噛まずに済むおかゆを作った。

歯で咀嚼するには、右歯だけで軽く噛もうとしても左でも自然と噛む動作をするので、
結局は原因の歯に触れて痛みが走る。
こういうときの食事って、痛みに気を取られてるから何を食べてもおいしくない。

薬を飲むとやや痛みが和らぎ、
そうこうして眠りにつくと一時間も経たないうちに激痛で目が覚めた。
眠たいのに痛くて眠れないって、人間の営みの最低限を奪われているようで、
とても腹が立つのにどうしようもならない感じだ。

枕に顔をうずめて「いたーい」と何度も叫んで、再び薬を飲む。
そして熟睡できぬまま朝が来る。
これを二日繰り返し、ようやく月曜の朝を迎えた。

医療券発行手続きを済ませ、
歯科へ連絡すると一時間後に来るようにと言われ、すぐさま支度をして診察を受けた。
医師の問診を受けても寝不足でボンヤリしてよく把握できず、
虫歯ではないことと当面の治療が必要なことだけがわかった。

そうして処方された薬を飲み、
次第に激痛が鈍痛にかわり、咀嚼時の軽い痛みはあるもののかなり落ち着いた。

歯痛のような身体的痛みは、ドンドンするとかズキズキするといった痛みの感覚や
奥歯か左右のどこが痛いのかが表現しやすいだけに対処治療しやすい。
しかしこころの痛みは、歯のようにはいかない。
こころにも激痛とかどのあたりが痛いとかわかっているはずなのに、
歯のように痛さをピンポイントで伝えにくいところがある。
それを表出しきれない或いは感じなくしていると、積もり積もって身体化される。

それは日々の思考行動から、フィードバックできそうだ。
私の場合、歯の定期健診は必須なのになんとなくめんどくさく、
そこへストレスを感じる行動が続き、それを対処しているつもりがマッチしていなく、
そのうち歯痛を引き起こす要因へとつながったのだろう。
このように書き出せば単純だが、思考行動のひとつひとつは根深さを感じます。

身体化は防衛の失敗とされ、
その人の考え方や生き方が如実に現れるものだと仮定できるなら、
身体化は無意識で救えなかった思いを、意識に伝える最後の砦のような気さえします。
失敗から学ぶというのは、あながち嫌なことでもなさそうです。

じゃあ私は、何の防衛に失敗したのでしょうね。

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2013年02月28日


405 <七色仮面の告白日記>

等身大のカラダ

年末年始の風邪をきっかけに、
すっかりジムでの筋トレをしなくなった。

行こうとは思いつつも、
行きたいにならないところをみると、
入れ込みが薄らいだのだろう。

トレーニングはメンタルを鍛える一面もあったし、
仕事をこなす体力もつけられた。
なによりチヤホヤされたかったので、とにかくがんばった。

バーベルで高重量を扱い、食べ物もたんぱく質を中心に摂取し、
そしてつねにトレーニングメニューを見直す。
こういった外的要素によってカラダに負荷をかけるのだが、
そこまでしてがんばる思いの裏には、コンプレックスが潜んでいる。

我に返ればわざわざ重いものを持つ必要もないし、
お腹がいっぱいなのにもっと食べなくてはならないとか、
自分がこれでいいと思っていること以上のする。

どう考えても疲れます。
そのままの私でもいいと思えず、
無理をしてでもトレーニングをして、
偽のチヤホヤを手に入れないと保たれなかった。

おかげでカラダの見栄えはよくなったし、
「いいカラダだね」と言われるようになった。
その代償には手首や背中の怪我を負ったり、
決めたとおりに通わないと落ち着かないというスパイラルを駆り立てた。
その時点で、コンプレックスの罠にかかっていたのです。

こうしてしばらく休んで、
筋トレの動機にコンプレックスがあるなと思いながら、
またトレーニングとは別のものに移行していくのなら、
そのコンプレックスと向き合ったことにならない。

トレーニングは悪いものではなく、適度にやれればいいのだ。
コンプレックスから派生した動機は神経質になってしまう。
そこを見据えながらトレーニングを続け、
それこそ私に見合った等身大のいいカラダができるだろう。

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2013年02月21日


405 <七色仮面の告白日記>

実家のある街と私

先週、実家へ行った。
ここ数年、実家へ行くと散歩を日課としている両親に付き合い、
変わりゆく街の様子を見て回るのだ。

実家のある街は市の中心駅からバスで20分以上はかかり、
周辺は林や田んぼといった手つかずの自然に囲まれている。
街といっても民間が開発した住宅団地で、
均一のコンクリート棟が整然と立ち並ぶマンモス団地だ。

かつては分譲のほか大手企業や行政の宿舎もあり、
総戸数2000の団地の中央には大手スーパーを中心とした商店街が広がり、
学校も団地内で2学区に分かれるほどで、
その人の多さからニュータウンにふさわしい活気に満ちていた。

しかし今となっては、全盛期の三分の一程度の規模となっている。
企業や行政の宿舎は完全撤退し、
私と同世代はここの団地から離れ、残された高齢の親達が住む街となった。
その過疎ぶりは、シャッター商店街を見れば推し量ることができるほどだ。

こうして実家へ行くたびに団地やその周辺を散歩して、
年々さびしさを帯びていく街を見て回り、時の変化を感じるのだ。

そこへ最近、戸建て住宅が建ち始めた。
宿舎を完全に取り壊し、空いた土地に戸建ての家を建てるという、
民営だからこそできる再開発の街づくりが始まったのだ。
団地内だけでなく周辺の林や田んぼも造成し、
少しずつではあるが人が戻ってきている。
戸建てができたことでコンクリート団地の雰囲気がいい具合に崩れて、
整然感のある団地と個性ある戸建てが共存するニュータウンが再生された。
空間が広がっているから、とてもすっきりして気持ちがいい。

そんな変わりゆく街を散歩しながら思い出すのは昔のこと。
昔の私とは違うとわかっていても、
あのときは子どもだったと思ってみても、
記憶とともに一気にカラダの血が逆流しそうなこの緊張は、
いつも実家へ行くたびに感じる。

街は変わって自分だけがそのままという、ありきたりなせりふがよぎります。
この緊張から解き放たれたら、きっと過去と現在が共存できるのだろう。

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2013年02月14日


405 <七色仮面の告白日記>

特別控除廃止が問うこと

13日、厚生労働省は生活保護の「特別控除」を8月から廃止することとした。

この特別控除は生活保護支給区分の就労控除にあたり、
その月の給与収入に対する「基礎控除」のほか、
受給者の勤労必要経費に対する「特別控除」がある。

前回私が就労した際にも特別控除が適用され、
昼食代、衣服の消耗が激しくなるための衣服費代、
社内での交際費代といった、働くうえでかかるだろう費用を指すと
ケースワーカーが言っていた。
いわば、数千円の小遣いといった意味合いだ。

就労控除にはそのほか、
通勤交通費や社会保険料が控除される「必要経費控除」や、
新規で就労した場合に半年間控除適用となる「新規就労控除」がある。

基礎控除、特別控除、必要経費控除は本来の控除の意味とは違う解釈で、
しかも同じ言葉の括りになっていることが理解のしにくさを生んだ。
就労中は、その控除の適用や算出方法の難解さに頭を悩ませた。
給与申告をすると決定通知書が送られてくるのだが、
毎回内訳が異なるためどのような根拠でこの支給額が算出されたのか、
よくケースワーカーへ連絡をしていた。

今回、特別控除廃止の理由として、制度がわかりづらい、効果が上げにくい、
そもそも適用していないといった、各自治体の声が上がっているそうだ。
私同様、それだけわかりにくいことなのだ。

しかし運用問題、効果の検証もなく廃止というのは、いかにも早急すぎる。
私は特別控除廃止の陰に、保護費予算切り詰めの序段を思った。

特別控除廃止後は、その控除分を基礎控除に上乗せして拡充させるという。
そのために全額控除される収入額の引き上げや、控除率の統一、
上限額の撤廃などを実施する方針らしい。

特別控除は、基礎控除と別立ての控除であるから明確に加算しなくてはならない。
そのため、必然的に支給額全体の額は増える。
そこで、特別控除を廃止にして基礎控除に上乗せしてしまえば、
基礎控除ひとつの中でいかようにも調整ができる。
そうすれば、特別控除分を抜きにした保護費全体の引き下げを達成できるという
カラクリにつながるのではないかと考える。
基礎控除への上乗せは現段階での案であって、
まずは廃止にしてしまうという政治判断自体が大きな懸念材料だ。

特別控除の支給目的には、勤労意欲の向上を掲げている。
仮に勤労意欲が上記のケースワーカーの説明が本来の意味なら、
意欲向上にはなりにくい。
昼食は生活扶助の側面、衣服は減価償却のようなものだからだ。
もし本来の特別控除の理念を叶えるのなら、
その代替案を討議し制度化したのちに廃止にすればよい。
だが早急に廃止というのは、いかに保護費が逼迫している象徴のように見える。

勤労意欲向上を目指すのなら、
就労をしても安定した暮らしを送れることが保障されてはじめて、
勤労意欲が出るというものではないだろうか。

就労を目指す生活保護受給者には、
生活保護を受けなくてならない事情が前提にあるということ。
就労を目指す生活保護受給者の中には、就労しても収入面でのハンデが大きい。
わずかな特別控除でさえ暮らしの支えになるのなら、
安易に廃止へ流れたこの件は、
本当に勤労したいと思う受給者が今後増えるのか疑問に思う。

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2013年02月07日


405 <七色仮面の告白日記>

考えるなを越えて考える A

F子さんのブログを読み、
「ニッポンの嘘 〜報道写真家 福島菊次郎90歳〜」の
アンコール上演をやっていると知り、観に行った。
こういう時って、平日に時間があるといいよね。

ネットで予告編を見て、CSNで映画の感想を聞いたりして、
福島菊次郎という人はずいぶんチャーミングな人だなと思っていた。
しかし著作本を読み映画を見ると、そのチャーミングさとはうらはらに、
過去の出来事や独自の思想をここぞとばかりに展開し、
歴史の背景を知らないとわかりにくい箇所が多々あり、
今まで触れそうで触れることのない世界がそこにはあった。

天皇の戦争責任問題、
安保闘争、
成田空港三里塚闘争、
そして広島。

私がこうやって書いているのも不思議なくらい、
これらの出来事の推移はもちろん、
日本がなぜこのような道をたどっているのか知らないでいた。

知る機会はいくらでもあった。
父は若かりし頃陸上自衛隊に所属し、今でも自衛隊の行事には目がない。
母は皇室関連が好きで、一般参賀へ出向いたり、皇室番組は欠かさず見ている。
なぜそんなに好きなのか。
理由はひとつ「すごい、すばらしい、そういうものだ」だからだ。

そんな私は、飛行機が好きで何度か成田へ行っているのに、
開港までの背景や空港周辺の厳重警備への疑問までには及ばなかった。
「そういうものだ」という言葉で片づけた。

なぜ、この映画を観ようと思ったのか。
観る前までは、私が抱える課題のヒントになるかなと思ったからだ。
しかし、実際はヒントになるどころか福島菊次郎のジャーナリズム的思想を、
現実の自分とかけ離れたところで取り入れてしまいそうだった。
それは、私の気持ちや思想の脆弱さを表しているようなものだ。

氏の思想は、とても過激だ。
今まで見て、聞いてきたこととまるで違う解釈なのだ。
あくまで福島菊次郎という人物から見た出来事なのか、
それともそれが事実なのか自身で判断つかないまま、
頭の中を行き来しているようだった。

そうしていると、あることに気づいた。
それはいかに、私が一般的で受身であるということ。

自衛隊も天皇も三里塚も、ただ「そういうものだ」と信じてきたから、
それらを紐づかせる映像の連発に、私は消耗してしまった。

画面に映った氏の写真から見える叫び、傷み、戦い、犠牲は、
「そういうものだ」からを越えたところで感じてはならないような気がした。
不都合なことは言葉をすり替え、葬り、風化し、時には美化させおしまず、
最後には「そういうものだよ」とさせることが、
ニッポンの嘘たる由縁なのかとさえ感じた。

氏を写真家へ駆り立てた原爆は、
私のこれまでの暮らしにそこはかとなく結びついている。
敗戦、自衛隊、安保、三里塚、ウーマンリブのどれもがそうだ。
出来事としての事実はあれど、そこに渦巻いたものを問わずに
「そういうものだ」で済まされしまうのは、
私の原点まで揺さぶられるような気がしてならない。
人は事実を残し「そういうものだ」ど解釈し、なかったことにできるのだろうか。

氏は出来事の渦中に入り、
命からがらファインダーを切ることで言葉以上の現実を求め突きつけた。

私はゲイであること、障害者であること、生保受給者であるということを、
どこかで恥じる感覚を自身の中で形成し、暮らしの中に埋没させている。
私は「そういうものだ」でとどまり続けるのか、それとも「その中に入るのか」。

たまたま映画の前日に、この動画↓を見つけて、私ならどうすると考えていた。


「ニッポンの嘘」を見てやや過敏になり、混沌としている節もありますが、
「そういうものだ」というものに「そうじゃないだろう」と問うには、
自身の中のにある恐怖への対決が究極かもしれません。

福島菊次郎が劇中「いいか悪いかを言うのなら、その中に入らないとね」と、
ひょうひょうとして言ったひとことは、ジャーナリズムの仕事としてではなく、
生き方そのものなのだろう。

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2013年01月31日


405 <七色仮面の告白日記>

76点

11月から始めた勤務は今日で終わり、
明日からは昨年の今頃と同じような暮らしに戻る。

なんだか終わった実感がなく、
明日もそのまま勤務と言われれば行ける感じだ。
正直、業界やサラリーマンという思いは幻想だと感じても、
ライフバランスとしてはちょうどよかった。

朝起きて、通勤電車に乗って職場に着き、
なんやかんや業務をこなし、定時に帰る。
週5回、このルーティンをやっていくことは根気がいるため、
とにかく行動あるのみで日々を過ごす。

しかし行動ができはじめると、
次第に感情が凝り固まっていくのがわかる。
かといって、感情の垂れ流しは手におえなくなる。
ここのバランスをとることが、非常に苦しかった。
だから強迫的になってしまったり、
感情が言葉にのらなかったりしたのだろう。

そういった点が過度でありながらも、
日々ルーティンという規則行動を求められるということは、
私にとっては感情に呑まれないバランス材料だった。

明日からそのことを気にしなくていいラクさはあるものの、
いつか必要になるときにまた大変な思いをするのもキツい。
今日くらい、息を抜いてみてもいいのに。。

私は今回の就労に76点をあげたい。
それは出勤や業務だけでなく、
かわるがわる起きる出来事をなんとかこなしたてきたのは評価したいが、
肝心なところで会社の意見に怯んでしまったり、
ふとしたことで感じた職場の人への否定感が100点にならないところ。

次に何をするかわからないけど、もう一度よく見直しをして、
少しでいいから本当の肯定感に近づけるようになりたい。

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2013年01月24日


405 <七色仮面の告白日記>

考えるなを越えて考える @

新年になり、まだ一ヶ月も経たないうちに、
内外共に暴力的行為が目に余る事件が相次いでいる。
今回は自身の経験から、
大阪の高校体罰事件について思うことを記してみたい。

小学4年生の時、担任名は現副総理と同名字。
テストで基準点を満たさなければ、平手打ち。
掃除で掃き残しがあると、平手打ち。
見せしめのように、生徒の前でビシビシ叩いていた。
そして決めゼリフは、
「お前のような奴は、戸塚ヨットスクールへ行ってこい」だった。

この先生が叩く理由は、さっぱりわからなかった。
算数ができなくて、なぜ叩かれるのか。
物を片付けなかっただけで、なぜ叩かれるのか。
「なんで叩くの?」と言えば「口答えするな」。
「すみません」と言えば「お前がやったのか」。
ましてや内気だと、それを表明することもないから、
気持ちだけ萎縮するばかりで、黙ってても叩かれる。

そのことを家で話しても、
「学校の先生なら、よくあることだ」で片づけられていた。
そんな両親も私が言いつけを守らないと、よく叩いた。
「親に向かって、なんてことを言うんだ」
家庭でも学校でも、平手打ちから逃れられる場所はなかった。
私はただ耐えるしかなかった。

今回の事件の中心となる教員は、40代後半。
「喝を入れるために」「他の生徒への見せしめのため」と
厳しすぎるという意見が出ている反面、
「この先生の指導力は高い」という評価や、
卒業生からの嘆願書が出たりと、その慕いぶりもうかがわせた。
今まで体罰に関する事件は起きたものの、
相反する意見がでてきたのは興味深い。
ただ、生徒の死によって結末が出てしまった以上、
慕う側の気持ちは世論によって消されてしまうのか。

ところが最近になり、この事件が起きた高校の内情も明るみに出ている。
生徒の喫煙や飲酒がネットの書き込みによって露呈し、
はたまた現市長を罵倒するような内容もあり、
こうなるとこの高校で先生をやっていくことの重みも感じる。
だからといって、暴力というチカラで風紀を解決するチカラにはならない。

現在、教壇に立つ人の中には、私と同世代も多いはずだ。
その世代が生徒だったとき「叩かれても当然」という記憶と痛みは、
一体どうなっているのだろう。
そして教員になるときは「叩くのは暴力行為だ」
「あんな先生になるまい」と思っていても、
叩かれたことへの記憶と痛みの精査をおざなりにすると、
今回のような事件はまた起きるのではないだろうか。

特に冷静な判断がつかないような場面では
いつ暴発してもおかしくはなかろう。
その言葉は「自分はそうやって教育を受けてきたから」

私の上の世代には、校舎の窓ガラスを割り続けた世代がいる。
下の世代は、学級崩壊や陰湿ないじめが横行した世代がいる。
私の世代は、管理教育の中で押し黙る世代なのだろうか。

もし叩くのがいけないのなら、もし叩いていいのなら、
それを子どもに理解できるように説明できる思考と、
子どもが安心して話せる姿勢で臨むことが必要ではないだろうか。

様相を聞くだにやるせなさを感じるのだが、
どこかで対岸の火事として捉えている私。
当事者ではないで済ますのではなく、
せめて体罰経験があるならその現実と成りゆきを見つめ
私なりに意見を秘めていてもいいだろう。

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