8月になり、どこもかしこもお祭りを催しているようで、
自分の家の近所にある商店街でも、先日の土日に大々的に開催された。
その日の目覚めは、遠くから聞こえてくる、お祭り2日目に行う踊りのパレードの太鼓の音だった。
明らかに賑わいのイメージが伝わってきたけど、自分はお祭りに足を運ぶ気分になれず、また布団にもぐった。
夜になってお祭りも終わったようで、お腹も減ったこともあり、ようやく外出する気になった。
商店街はお祭りの余韻が漂っていて、そこかしこでほろ酔いで話している人や、浴衣を着た家族連れ、
夏休み中の中学生がつるんでいたりと、人はたくさんいた。
そんな空気を尻目に、フランチャイズ店で晩ご飯を軽く済ませ、
足の向くままに商店街の近所にある、対外的に言う「ゲイサロン」へ行った。
このサロンは古びたビルのワンフロアにあり、入口やその付近は飾りっけのない雑居ビルそのものだ。
新宿辺りでは、インテリアや空間に趣向を凝らしたショットバーやサロンが多くなりつつあるが、
ここのサロンは入口だけでなく、室内のどこもかしこも傷みや汚れがひどく、お世辞にも綺麗とは言えない。
でもここのサロンは、ゲイが現在のようにオープンでない時代から開店しており、
その時代ごとに不特定のゲイの方達が刻んだ歴史と、日常と隔離された非日常で場末な雰囲気が漂っている。
自分はその雰囲気がまんざらでもなく、時々行っては、その空間に浸るのだ。
自分も含めた客は、客同士見知らぬ顔をしながら互いにチェックをし、
それでも「見知らぬ振り」という暗黙のマナーを守りながら、
所狭しと置かれた雑誌や雑貨などに目をやる。
会話はほとんどなくBGMが響く空間で、
客一人一人はチェックした人に「ある種の目的」をもちながら行動し、
あわよくば目配せをして、出会いのきっかけにしている。
その日の自分は寝過ぎたせいかボンヤリしていて、雑貨の棚を一通り見て、破れた皮張りのソファーに無造作に座り、雑誌を読んだ。
向かい合わせの不揃いのソファーには「ゲイ受けする」人が眠っていた。
自分はボンヤリしながらも向かい合わせの存在を気にしつつ、パラパラと何冊か読み、
マナーを気にして明らかに意識した「素知らぬ振り」で、何気に喫煙コーナーへ目をやると、見かけた横顔があった。
その彼はタバコを片手に、ずっと携帯電話をいじっている。
見知らぬ振りも目配せもなく、自分は彼の横顔を見つめた。
「もしかして」と頭をかすめ、おもむろにメモ帳をやぶり、思いあたる名前を書いて、その彼に近づきメモを渡した。
見上げた顔、それはまさしく4年前に音信不通になった友人だった。
自分はこの場末な空間を裂くように、他の客の好奇にさらされながらも、彼を抱きしめた。
そして涙まじりでとっさに「ごめんね、ごめんね」と彼に言った。
音信不通になったこと、そして「ごめんね」と言ったこと。
それは4年前、彼から突然届いたメールがきっかけだった。
彼とは、自分が一人暮らしを始めてからできたゲイの友人で、
ケンカもあれば楽しく飲んだくれたり、恋の相談もできる、
学生時代までにはいなかった、心置きない友人だった。
その一方で、当時の自分は派遣社員で働き、日々イラ立ちと不安定な気持ちを抱えながら、精神的にも経済的にも余裕のない毎日だった。
その日もクタクタになりながら仕事を終え、帰宅途中に彼からメールが届いた。
「病気になった」
不安定な気持ちと疲労した体で、自分はどう返信していいのかわからなかった。
しかしそのわからなさは初心的なものではなく、
その時すでに自分も彼と同じ病気になっていたという、
当事者としての動揺も重なっていたからだった。
彼はメールで「どうしよう」「助けて」と伝えてきた。
自分は「そう言われても」と、アドバイスや励ましの一言すら伝えられず、
最後まで自分も当事者であることを言わずにいた。
何度かメールのやりとりをし、結局彼は「405もボクを避けるんだね」のメールを最後に、音信不通になった。
「自分も当事者だ」と言えていれば、彼の感情に歯止めをかけられたかもしれない。
しかし自分は「知られたくない」という体裁さを守った。その体裁さのうらには、今でこそ抱える人への信用、そして自分を信用しきれずにいる感情だ。
「自分も当事者だと言ったら、きっと他の人にバラされる」という、子どもじみた言い訳だった。
こうして自分は心置きない友人という存在に対し、友人への信用を自分であっさり断ち切り、自己嫌悪という報酬を得たのだ。
その時から、彼の存在は自分の心にどこか大きな影として残っていた。
心置きないと思っていたはずが、ありのままを伝えなかった自分。ただ、悔やむだけだった。
もう一生会うことはないだろうと思っていたはずが、この日偶然にも彼と再会したのだ。
彼は、自分がサロンに入ってきたのを気づいていたと言う。
でも彼は彼で、自分にどう切り出していいかわからなかったと言い、
メモを渡したことを喜んでいた。
自分は彼に、4年前の思いと今のことを感情任せに、言えずにいたありのままの自分を伝えた。
彼は「そうだったんだ」と静かにつぶやき、逆に気づいてあげられなかったねと、彼は自分に対しての思いを話してくれた。
それからソファーに座り、当時の彼の気持ち、
そして彼が現在抱えている、やむにやまれない現実逃避に、とある依存を帯びた行動をしていると、
その苦しみと自傷行為を吐露した。
自分は、ただ聴くことが精一杯だった。
彼から発する言葉に自分の自我状態や逆転移を感じ、
ただ彼の手を握りしめるしかなかった。
彼もこの4年間、行き場のない怒りや悲しみを抱えて生きてきたのだ。
そして
「相変わらず泣き虫だね」とか「こんなことして405に怒られるね」と
彼の一言一言に、
自分は「アンタも泣き虫じゃない」とか「いつも怒るのはアンタじゃない」なんて、
心で苦笑しつつ「そうだね」と言って笑った。
ふと窓を見ると、夜明けの薄光りがこの場末の空間に差し込んだ。
閉店間際、互いに連絡先だけを聞いて、次に会う約束をせずに、自分は先にサロンを出た。
約束をしない理由、それは4年の歳月を越えた必然的偶然を自分は感じ、以前のようにやりとりをすると、信じたからだ。
帰り道、お祭り翌日の明け方の商店街を歩き、
賑わっていただろう昨日までの非日常とは違う、いつもの日常の光景が目に飛び込んだ。
それを目の当たりにしたとき、
彼との再会により再び起こりうるだろう、自分の持つ依存性や逆転移傾向と、
他者への信用を心で受ける感覚を、掴みきれない感じがした。
何より4年前に言えなかったことが、伝えられた満足感を噛みしめた。
このゲイサロンにまたひとつ、自分の歴史が残り
お祭りの後の余韻が消えたいつもの商店街を歩いて帰った。
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