2012年05月17日


405 <七色仮面の告白日記>

ウーイーから学ぶこと

先日、情報番組で「51(ウーイー)世界で一番小さく生まれたパンダ」
という映画が、紹介された。

2006年、中国・成都のパンダ研究基地に誕生した
体重わずか51グラムのパンダの赤ちゃん「ウーイー」の
成長を追ったドキュメンタリー映画だ。

このようなドキュメンタリー動物映画にめっぽう弱い私は、
たまたま見合わせた番組とはいえ、もうボロボロ涙を流して見ていた。

その中で、パンダの出産について触れていて、
番組の解説では、パンダは一回の出産で双子を生むケースがよくあり、
今回の映画でもそれが題材の中心として描かれている。
産み落とされた赤ちゃんパンダは、私たちが想像するパンダから縁遠く、
ややグロテスクな印象さえ受けます。

話の厳しさは、この先にあった。

母親パンダは、双子の一番目を産むとすぐに大事に手で包んでやり、
ぺろぺろとカラダを舐めては、ひたすら温めるてやる一方、
二番目が生まれても、気づかないのかそっちのけ状態。

なんでも母親パンダは、
一番目を産むとその子こそわが子と思い育てようとするが、
二番目はまったくの無関心になり、
最低限の温める行為すら放棄する傾向にあるという研究結果があるそうだ。

今回の映画でも、二番目に産まれた赤ちゃんは研究結果のように、
産み落とされると冷たいコンクリートの上でウネウネしているだけで、
ただでさえ敏感な状態なのにほったらかしで、
鳴き声も出さなければ、きっと目もみえないのだろう。
その横では、一番目のパンダを大事に抱える母親パンダの姿。

そのままだと赤ちゃんの命にかかわると判断し、
研究基地の職員が檻からパンダを連れ出し、保温器でカラダを温めてみたが、
長時間外気にさらされていた体温は著しく低く、
最初は命すら危ぶまれていたが、献身の世話の末ようやく平温に戻った。

この時の体重が通常の1/3、51グラムしかなかったことから、
中国語で51を表す「ウーイー」と名付けられた。

映画の公式HPにあるパンダトリビアを引用すると、
パンダの世界にも「想像妊娠」や「育児放棄」があって、
子育てが出来ないお母さんパンダがいるのと同時に、
自分が産んでいないコパンダを育てる「代理母」のような存在もいるのそうです。

赤ちゃんパンダの生育には、仮に保温器で人工的に育てても限界があり、
最後には母親パンダの母乳と暖かさが必要不可欠だとのこと。

一度は母親パンダに知らぬ顔をされた、ウーイーの運命はいかに?!

パンダに限らず動物の生態や、
過酷な自然界を生き抜く動物の姿をみるにつけホロッとしてしまうのは、
それを見るそれぞれの人間がもつ生命や生きることのなにかに、
重ねあわせてしまうからだろう。

「自分が生きていること」を考えられるのは、感情をもつ人間だからというが、
それであるがゆえに不自由なことも往々にしてある。

果たしてそれは幸なのか不幸なのかは、
生まれてきたんだから生きてみなくちゃわからない、
人間のさだめのようなものだろうか。。。

※映画HP/「51(ウーイー)世界で一番小さく生まれたパンダ」

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2012年05月10日


405 <七色仮面の告白日記>

中年モラトリアム

事業所への通所も一ヶ月が経ち、
少しずつ所内の雰囲気と、通うことに慣れてきました。

近頃では昼休みに職員の人達と話すこともあり、
ここには利用者も含め様々な経歴の方々が集まっています。

講義形式なので学校みたいなところですが、
あくまで会社をイメージした雰囲気と所内対応なので、
勤めに行ってる感覚です。

それでも電車通所や講義内容、所内の人間関係は疲れるし、
そんな思いをしても賃金がでるわけでもありません。
生産性がないのだから当然と言えば当然ですが、
それがかえって気持ちにゆとりを与えてくれます。

かつて不安定な仕事を渡り歩き、借金を抱えていた焦りや、
病気への不安と自己嫌悪が交錯した日々を送っていたのに、
今では色々な面で暮らしを守られながら、
社会経験があるのに今の事業所を利用できるからこそ、
そう思えるのです。

しかし、ここにはいつまでも居られない。
利用年数は限られ、何かを見つけることへのステップとして選んだのだから、
事業所へ通うことはあくまで通過点です。

仮に、次の目標ができて何かをスタートさせても、
日々淡々となにかをし、生きていくこと自体は何ら変わらない。

自己を実現するってなんだろう。
人生を達成させるってなんだろう。

問われてもいないこの命題を思うのは、
それともただ欲が出てきたからか、
私がまだ自身をつかまえきれていないのか。

そんなときだから、もう一度足元をみよう。

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2012年05月03日


405 <七色仮面の告白日記>

叔父を見舞って

ゴールデンウィーク前半、
私は恒例になりつつある横浜の叔父を見舞いに、両親と出かけた。

叔父は4年前に脳梗塞で倒れ、
たまたま叔父の娘が居合わせたので危うく一命はとりとめたが、
左半身麻痺という重い後遺症が残り、
現在は自宅で毎日三食ごとのヘルパーによる介護と、
週三のデイケアで日々を送っている。

入院して間もないころは、
歩くことやほんの少しの動作すら困難で、
発している言葉もまったくわからず、
見舞いに行ってもただただその姿を見るしかなかった。

のちに病院から高齢者施設へ転院し、自宅へ戻った。
それから三年、麻痺特有の話し方でも話したいことがわかるまでになり、
ちょっとした移動も車いすを使ってできるようになっていた。

私は叔父に会いに行くのが非常につらい。

半身麻痺した姿を見るやるせなさもあるが、
本当に会いに行きたくて行ってるのかというのが
自身のなかで疑わしいでのある。

小さい時から叔父に対してじゃれることができず、
「おじさーん」という甘えるような気持ちがどうもわかず、
それでも「おまえはかわいがってくれていた」という両親の言葉が、
叔父への気持ちの現れのように感じていたからだ。

そのせいか見舞う際の所作がぎこちなかったり、
声掛けしても上すべりしている感じがどうもイヤで、
それが私につらさを感じさせているのだろう。

叔父は父の他界した妹である叔母の主人という関係にすぎず、
私と血縁関係にあるわけでもないのだ。

それなのにこうして見舞うのは、
親戚のつながりを殊の外大切にするしきたりで育ち、
自身の楽しくない感じがありながらもいい子でいなきゃという、
スプリットした気持ちを抱えながら接してきたから、
当たり前のように血縁は関係なく見舞うことができるのだろう。

私の気持ち次第で、叔父やその他親戚との関係はどうにでもなる。
つながりを守るのか、これまで育んだ関係を断つのか。

今でも、私の身の回りの本当のことは誰にも話していない。
私がどう思ってきたのか、どういう気持ちなのかも。
親戚という知人以上親未満の相手に、何を話せばいいのか。
いまだに、幼少の記憶や思考に苛まれるなんてね。

結局のところ、そう思っていても叔父を見舞うだろう。

叔父を見舞うというのは、叔父にしてみれば現在の麻痺した自身の姿を
見せていることになる。
「おまえは本当に会いにきたくてきているのか」と問われているようで、
そこに私のありかたを投げかけられている気がします。

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2012年04月26日


405 <七色仮面の告白日記>

それでも話してみよう

人と接する機会が増えたせいか、
自分の感情に即した意見や考えを述べる機会が多くなり、
そのたびにこれまで学んだ交流分析やSSTを念頭に置き、
最近では以前触れたことのあるアサーティブネスを
改めて意識し始めている。

アサーティブネス、自己主張をすること。
自分の要求や意見を誠実に、率直に、対等に表現をする。

言葉にすれば簡単そうなのに、
いざそれらのイメージや行動の実践となると、
そうたやすいものではないと痛感させられる。
人の数、状況の数だけ自己主張をする機会があり、
型どおりのやりかたで通用しないから、
なおさら苦心してしまう。

私はたまたま交流分析に触れてきたからか、
アサーティブネスを実践するには、
その知識も必要だろうと思っている。

グループでも一対一の場でも、
自身が感じた自我状態を察知し、
その上でそれを話すのかどうか意思決定の判断をし、
相手に対等かつ尊重し合えるような伝え方を練り、
自身の要求に応えをだす。

このように考えてコミュニケーションをとろうとすれば、
それだけで面倒だし疲れてしまいますね。
それでも、交流分析やらアサーティブネスを意識するのは、
今までのコミュニケーションの取り方に不全感が伴っていたからだろう。

アサーティブの4つの柱。
自我状態モデル。
どのように伝えるか。
人生脚本。

技法や用語、パターンを知っていると得策ではある。
しかし交流分析やアサーティブネスの用語を百回書いても、
実践の一回に勝るものはないのが、コミュニケーションではあるまいか。

言葉を発するには勇気がいり、
黙っているにはあまりに自身にぞんざいの狭間で、
「それでも話してみよう」は、
これから大切にしたい気持ちのひとつです。

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2012年04月19日


405 <七色仮面の告白日記>

植物パワー


東京の桜のピークが過ぎると、
萌えるような新緑が待ち遠しいところですね。

そんな今週の日曜、
いつものように掃除をしようと我が家のパキラ君に目をやると、
なんと、新芽がめぶいていました!!

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思わず「かわいいーーー!!!」と絶賛。
それから毎朝晩と、その成長を見届けています。

手間のかからない観葉植物とはいえ、
そんなに日当たりのよい部屋でもないし、
今冬は特に寒かったこともあり、
もしかしたら枯らしてしまうかなと思っていたので、
この感激は例えるなら「アナタに会えた」という、
ちょっとしたトキメキ感でした。

植物の生命力や、それが放つ力はすごいです。

観葉植物や家庭園芸は、
種類によっては水の量から土の入れ替え、接ぎ木押し木をしたりと手間をかけ、
きれいに咲いたり立派に育つと喜びに似た気持ちになるし、
近くの公園や神社、森林にあるような植物は、
土、水、陽射しと最低限の環境があればその場で成長サイクルを繰り返し、
その過程ごとに例えば新緑を眺めたり、紅葉を楽しんだりでき、
人によるものの憩いを与えてくれる。

園芸や天然植物のどちらもそれを何十年と繰り返せば、
年々色濃い葉や可憐な花弁をつけ、幹は立派に成長し太く安定し、
静かにそして堂々とその姿をたたえてみせる。

立てばシャクヤクではないが、
人間の生涯を花の一生になぞらえることができても、
それを真似て生きることができないのは、
人間は動物である証でもあり、
植物のような無欲ではいられないからだろうか。

もし植物の葉や花をつけることが「植物の欲の産物」であるなら、
どうしましょうか。。

ともあれ、小ぶりでもパキラ君といった植物の息吹に心を寄せるのは、
年齢のせいなのかもしれませんね。

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2012年04月12日


405 <七色仮面の告白日記>

ひたむき

先週から通い始めた就労移行支援事業所へ通ってくるのは、
事業所で行う訓練や実習を通じて、就労を目指す障害者が対象となっています。

今の事業所では、内訳として精神障害が半数以上です。
見た目で障害があるとわかりにくく、
中にはやんちゃな暴言を吐いてる人とかいますが
話しをしてみてはじめて「おや?」と気づく人もいれば、
事業所という場所で出会わなければ、障害があるとわからないような人もいます。
それでも、何らかの障害があるんでしょうね。

事業所の大きな部屋をパテーションで区切っているため、
そこかしこでどんなことをしているのか見えたり、聞こえたりします。
ある一角ではプレゼンテーションの練習、
ある一角では入力作業や各自の課題演習、
そして私が今いる一角では講義。

順調にことを成せばいいのでしょうが、
時には疲れてしまってふさぎ込んで泣いたり、
あまりの緊張で発作を起こしてしまったり、
手を震わせながら果敢に質問をしている人もいます。

それでも休み休み、練習や課題に取り組む様子は
「ひたむき」という言葉が似合います。

なかなか就労へ結びにくいという点では、
症状的なものを誘発する懸念が絡んでいる場合や、
障害であるがゆえに周囲との不調和なコミュニケーションが、
その要因のひとつと言われていて、
いずれにせよ、精神障害は障害者就労という枠では非常に厳しいようです。

企業は「来るか来ないかは不安定だから困る」というのが大きな理由らしい。
ひたむきに休み休みの就労だけで、企業の生産活動を担えないものだろうか。

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2012年04月05日


405 <七色仮面の告白日記>

事業所通い、はじめました

今週から、就労移行支援事業所へ通い始めた。
表現には色々あるが、「就職に向けた準備をするところ」という場所です。

私には就労経験はあるものの、その就労に問題を抱えていた。
「三日で行けなくなる」
「思うように続けられない」
「職場での人間関係」等々

昨年で会社勤めはもういいやと思って区切りをつけたが、
かといって自身で何かを始めるには足元がおぼつかなく、
せっかくCSNで自身を見つめてきたのだし、何かをやりたかった。

そのきっかけになればと思って色々情報を集め、
今や移行支援事業は花盛りなのか東京でも数々出てきた中から、
私の傾向や条件と事業所の方針を照らし、現在の所に決めた。

初日を迎えるまで、以前の一般就労初日の緊張に似た感じを味わった。
いくら福祉的なところといえども、CSNを除いた5年ぶりの社会は不安だらけで、
最も懸念した「三日でダメ伝説」、そして「職場での適切な自己開示」は、
過去の私を振り返るとそこに苛まれてしまった。

その危うさは、下手をすると脚本行きかなと心に留めながら、
とりあえず二日目の朝まで持ちこたえるようコントロールし、
事業所のフィールドに甘んじるつもりでいた。
初日を迎えそして今日、なんとか三回出勤ができた。(パチパチパチ)

一方、人に対する緊張は相変わらずだった。
そして私の人に対するいやらしい面は、早くも気がかりに。。。

前回のCSNのワークで「仕事は人による」と話した。
今回は事業所通所ではあるものの、「集うところは人による」なんだよね。

事業所の性質上、就労に結びにくい人が通ってくるという点では、
私はモロに受けてしまうことがあるかもしれないし、
もっと見たくない面があぶりだされるかもしれない。

それでも移行支援事業の利用有効期限内であれば吸収してみたいし、
うまくやるより自信が持てるような時を過ごしたいと願うばかり。
そして「何かを始めたい」という思いにつながることを祈って。

しかし。。
予想以上の以上くらいに、異常に「づーかーれーたぁーーーーー」

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