2006年06月08日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

メジャーデビュー?!

 今日は一つちょっとした出来事があった。「天然生活」とかいう雑誌の記者の人が来て、うちの玄関脇のミニ花壇の写真を撮らせて欲しいって頼まれちゃった。つい先日のブログで「ルンルンばらメドレー」で一人盛り上がったあの花壇。もうさすがにばらは色あせ気味なんだけど、そのあと生協から取ったインパ…なんとかっていうかわいい花がちらほら咲き出していい感じだな、って思ってたとこ。

 思えばこの花壇、もう十数年前の改装の時にあまりに玄関の眺めが殺風景だというので、急ごしらえでタイルを積んで作ってもらった。だけどどういうわけか何植えてもうまくいかなかったのよね。最初に植えたのは観葉系のしゃれた木だったんだけど、半年もたたないうちに枯れてしまい、ほっぽっておいたら見るも無惨な有様になったので仕方なく土を変えたりして、ときどき手のかからなそうな花を見繕っては植えてみたんだけど、どうも長持ちしない。それでまた放っておくと、いつの間にか雑草に混じっていかにも図太そうな西洋タンポポなんかが大きな葉を茂らせてた。

 NPOが階下に引っ越してきて、訪ねてきてくれる人も増えたので、少しは何とかしようと雑草を抜き、アイビイとかそれから名前は分からないけど良く増えそうな蔓草系の葉物を植えた。それが余り枯れもせずよく育った。その合間に何本か植えたミニばらも、年を越えて2度も花を咲かせてくれた。たいして手もかけないのにこうして育っていく植物を見ていると不思議な生命力を感じさせられ、このところしばし眺めることが多くなった。
 
 特にガーデニングとか趣味じゃないし、普段は写真の100円ショップで買ったビニールのジョウゴで水をやるくらいで、それほど気を配ってるわけじゃないのに、このところちょっと花壇づいてる。プロの目にとまり、雑誌にまで載っちゃうなんてすごい。これって日本がブラジルに勝つくらいの快挙よね!

060608kadan02.gif
 
 4〜5人の若者たちが、小道具のカゴやぬいぐるみを配して、「うわー、かわいい!」とか言いながら30分位撮影してた。7月20日発売の雑誌に載るんだって。私が撮影すると、安物のジョウゴやら花壇の下に置いた「ありの巣コロリ」まで映っていて(多分花壇の土に巣があって、このところ悩まされてるの!)、生活臭が出ちゃうんだけど、きっと誌上では「セレブのお家の花壇」風にばっちりアレンジされるのよね。
 
 どんな感じになるのか今から楽しみ。さっきからまた「バラが咲いた♪」が復活してます。
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2006年06月05日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

ラベンダーの丘に集う

 好評を頂いている「福祉職のためのグループワーク」。今回は「ひつじ雲」に引き続き、横浜港南台にあるデイサービスセンター「ラベンダーの丘」にて、全3回に渡って行いました。

060507yokohama00.gif060420yokoha02ma.gif  閑静な環境に建つ施設の庭には、その名に違わずラベンダーが茂り、玄関を入ると土間、中には掘りごたつやいろりのある懐かしい空間が広がります。第1回目は4月20日の夜7時過ぎからでしたが、広々として見えたその部屋も35人もの人が入ると満員状態。最初は緊張していた皆さんも、講座が進むにつれて徐々にリラックス。エゴグラムに思わぬ自分を発見したり、「あゝやっぱり」と納得したり、笑い声も度々起こる和やかな雰囲気となりました。

060507yokohama04.gif060507yokohama05.gif  第2回目は5月7日の午後1時開始。前回のエゴグラムを基に自分の特徴や傾向を分析し、実際にロールプレイで体験しました。ちょっと戸惑い気味のメンバーも見られましたが、それぞれに収穫ある体験になったようです。

060604yokohama06.gif060604yokohama07.gif  昨日の午後行った最終回では、より深く自分を見つめてもらうために「ジョハリの窓・TA版」を導入しました。加えて無意識に繰り返してしまう「ゲーム」と呼ばれるコミュニケーションパターンの事例をロールプレイで演じて頂き、気持ちのいいコミュニケーションをするにはどうしたらいいかを皆で考えました。

 回を増すごとに自分に対する理解が深まっていくのが感じられました。この体験を是非仕事や生活に生かして頂きたいと思います。
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2006年06月01日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

バラが咲いた♪

 このところの長雨もようやく一休止して、初夏らしい晴天が続いています。今日から6月。雨に紫陽花というのが定番のこの季節ですが、
何と我がCSNの玄関脇にある小さな花壇に、去年植えておいたミニばらが一輪、可憐な花を咲かせていました。

minibara.gif 

 まるで造りもののような精巧な花びらと、小さいながらにすくっと立つその凛とした姿にしばし見とれてしまいました。

 思わず口をついてでたのが、すっごくムカ〜シに流行った「バラガサイタバラガサイタ♪」というマイク真木の歌。「サビシカッタボクノニワガアカルクナッタ〜」と歌い出したら止まらず、掃除のときも、さっきサンタ(我が家の坊ちゃん犬)を風呂に入れたときも、そして今こうしてブログを書いているときもまだ歌ってます。

 大嫌いな風呂に入れられたサンタは、鼻歌まじりで上機嫌な私を「バカじゃないか」という目で冷ややかに見上げておりました。たった一輪のバラでこんなにウキウキ気分になれるのってひょっとしたら特技といってもいいかもと思い、思わす「ウフフ」と笑ったりして、ますますサンタにバカにされてる今日のかなりんです。

 追記:今読み返していたら、もう一つバラの歌を思い出した。「黒バラは恋の花 愛する人に捧げれば 二人は必ず結ばれる…」っていうの。織井茂子!いやぁ古いね。さっきから「バラガサイタ」が「クーローバラーハーコイノハナー」に変わっちゃった。「ドーコノドナタニササゲヨカ〜」って歌ってたら、呆れたサンタにあくびされた…。

 追記の追記:そう言えば「ヒャクマンボンノバラノハナヲ〜」っていうのもあったね。今夜はバラメドレーか???
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2006年05月30日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「ブログ療法」の効能

 今日は先日書きそびれた「ブログ療法」について考察してみようと思います。これは男Nへのかなりん処方として勝手に命名したもので、始めた頃は当人から「怪しげ」とか言われたけど(証拠はこちら)、ちゃんとそれなりの根拠はあるのよね。やせてもかれてもカウンセラーかなりん、いい加減なことはしないのだ、エヘン!

 そもそも人間というのは、何かの出来事や現象に出会ったときにそれぞれが違った見方や感じ方をする。そのもとになるものをTA(交流分析)では「準拠枠」という難しい言い方をするんだけど、まぁいわばその人なりの「価値観」と言ってもいいかな。例えば同じ景色を見てもある人は「美しい」と思い、ある人は「さほどでもない」と思う。ある人がすごいストレスを感じるような出来事でも、違う人にとってはワクワクするようなことだったりする。起きていることは単に「事実」に過ぎないけど、その「事実」は人によって色合いの違ったものとして存在するのね。言い換えれば「厳然とした客観的な事実」などというものは存在しないということでもあるわけです。

 人は日々そうした自分なりの「事実」に対処しながら生きています。その行動はその人がその「事実」をどのように捉えるかによって違ってくるということになります。これをTAでは「思考」と「感情」と「行動」のセットというふうに分析して理論づけていますが、私がこのところ興味を持って取り組んでいる「認知行動療法」的にみると、TAで言う「思考」は「認知」という言葉に置き換えてもいいと思います。「事実or現象」→「認知」→「感情」→「行動」というセットで見ていくことができます。

 このとき「行動」のもとになるのは「認知」なんですね。例えば「就職試験に落ちた」という「事実」を「きっと自分には能力がないのだ」と認知すれば、無力感や劣等感が湧き起こり、「もう何もする気にならない」という気分から「引きこもる」という行動に結びつく。こうした「認知」の傾向は、その人の持っている「こうであらねばならない」という価値観に影響されているのですね。「物事は完全にやらなければならない」とか「失敗した自分は全く価値がない」とか、知らず知らずのうちにそうした価値観に捕らわれて偏った認知をしていることが多いのです。「論理療法」のエリス先生はこういうその人特有の価値観からくる「思いこみ」を「イラッショナルビリーフ」と呼んでいます。
 
 さて、これがどう「ブログ療法」に結びつくのかというと、「書く」という行為がこういう「認知」の傾向に気づくために有効な手段であるからなのですね。このことはエリス先生もおっしゃっていますし、「いやな気分よさようなら」で有名な認知療法のベック先生も推奨しておられます。表にして書き出したり、日記風にしたりとやり方はいろいろですが、ここでかなりんが男Nのために考案したのが、以前彼がブログに書いてた「生活記録ノート」と「ブログ」だったというわけです。いわばかなりん先生オリジナル「男N向け特別処方版認知行動療法」であるわけで、効かないわけがないのです。エヘン!

 段々認知が「私ほど素晴らしいカウンセラーはいない」という「イラショナルビリーフ」になってきそう。イケナイイケナイ!とブログを書いているとこういうふうに気づくわけです。エヘン!
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2006年05月27日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

2回目の総会開催

 昨日はNPO設立以来第2回目の総会でした。会社でいえば「株主総会」みたいなものですが、NPOには株主はいないので、それに代わる「社員」と呼ばれる会員が議決権を持っています。昨日は委任状に加え、十数名の会員さんたちが出席してくださいました。
 
 まだ2年目を終えたところなので、事業の規模は小さいのですが、初年度よりは少し進展しました。ゼロだった人件費もいくらか計上することができましたが、それでもまだまだボランティアさんに頼るところが大きいので、今年度はそのあたりを少しでも改善するのが課題です。

060526kougiroku.gif  総会には木村周先生も出席してくださいましたので、先日のブログで制作途上報告をした先生の「講義録」を完成させ、皆さんに配布しました。我ながらいいでき♪「講義をこういう形で記録化してもらったのは初めてです」と先生も大変喜んでくださいました。

 でもこれも写真やカットを一緒に選んで配置してくれた男Nや、編集製本作業を手伝ってくれた事務ボランティアのチエちゃんの尽力によるところが大なのです。その他にもグループワークやイベントを手伝ってくれる会員さんに支えられて何とかここまでやってきたというのが実感です。

 まだ会員数も少なく課題も多い我がNPOですが、昨日の席上で木村先生が「本当に着実に歩んでいますね」とおっしゃってくださいました。焦って事業を拡大したり、助成金に頼りすぎたりすると、いろいろ問題も多いというお話もあり、やはり無理せず出来る範囲でこつこつと実績を積み上げていくことを大事にしていこうと改めて思いました。

060526soukai.gif 総会後の懇親会は1時間余りでしたが、初対面の会員さんたちも多く、有意義な親睦の場となりました。来年もそしてまたその次も、こうして総会の席で新たな歩みの成果を報告できることを願いつつ、活動に取り組んでいきたいと思っています。

 
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2006年05月25日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

不安の正体

 このところ何だかリレーブログのような趣を呈してきた感がありますが、男Nのムチャぶり(?!)にお答えして、今日は「不安」について少々考察を施したいと思います。

 「不安」というのは、文字通り「心が安定しない状態」であり、それは未知な状況に対する恐れから引き起こされるものだと言えます。人間は誰しも「死」という未知なものに向かって歩いているので、そういう意味では元来「不安な存在」なのだという言い方もありますが、それは「実存的な不安」とも言うべき哲学的な命題です。誰もが「明日死ぬかもしれない」という可能性を持ちながら、「明日も今日と同じように生きるだろう」ということを暗黙の前提にしてさほど不安にも思わず生きているというのは、偉大な日常的光景です。こういう日常のなかに突如「死」という非日常性が立ち現れてくるという人生の不条理は、しかし誰しもが受け入れざるを得ないものでしょう。

 そうした「実存的不安」とは別に、もっと「現実的な不安」もありますね。例えば「明日大事な試験がある」といったような場合です。これはある程度準備して臨むことで立ち向かえるたぐいのものですが、「そんな原因もないのに何故か不安に駆られる」というのが、いわゆる「神経症的不安」というやつです。また原因以上に不安が大きく感じられる場合もこれに入ります。こういうときは必ず「どんなに準備しても大丈夫とは思えない」といった心理的状況が付随しています。

 こうして見てくると、「不安」というのは、それをどう捉えるかという前提によって「自我」への組み込み方が違ってくると言えそうですね。「腹の決め方一つ」というところでしょうか。「人生ってどっちに転んでも不安なんじゃん」という男Nの洞察は誠にその通り。「生きる」ということは常に「行動を選択する」ということで、その選択がうまくいくかどうかはどんなときも定かではないのですから。その「定かでなさ」を「とても立ち向かえないような恐ろしいもの」と捉えるか、「完全にうまくいかないかもしれないけれど、そのときはまた違ったやり方を考えよう」と思って踏み出せるかによって、不安は大きくも小さくもなります。

 人間は、大きな不条理の波に翻弄される非力でちっぽけな存在ではありますが、「私」という個の捉えうる世界は、その捉え方によってどのようにも変容すると私は思っています。「枯れ尾花」が幽霊に見えるのは、自分が「幽霊」だと思っていたいからではないでしょうか… というところでタイムリミット(もうすぐ日付が変わっちゃう!)が来てしまいました。「ブログ療法」についてはまた後日考察します。悪しからず。 
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2006年05月23日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

身体の声とプロセス

 先日このホームページを見て訪ねてくださった方がおられました。ここの活動の全貌がいまいち掴めないというふうなことをおっしゃってましたので、当NPOのパンフや会報とともに「サンプラザ相談センターニュース30周年記念号」もお渡ししました。基本的な私たちのコンセプトはやはりここにあると思うからです。

 その方は、私たちの活動のなかの「キャリアカウンセリング」と「エンカウンターグループ」がイメージのなかで結びつかないと言っておられましたが、今日再びお電話があり、「センターニュース」を読んでそのスタンスがよく理解できたとおっしゃってくださいました。

 「キャリアカウンセリング」とは、単なるガイダンス的な「職業相談」ではなく、「個々の状況への多様なアプローチによるより有効な支援」なのであり、それはこのNPOにもしっかり引き継がれています。心理的なカウンセリングやグループワークは「キャリアカウンセリング」の一部であり、大きな要素をなすものでもあります。

 NPOでのカウンセリングや講座、グループワークは、全てそれを受ける人たちの援助になることをめざしています。男NやOLA子さんのめざましい進展ぶりは大きな成果といってもいいでしょう。しかしその人にとって今何が本当に必要なのか、は一概には言えぬところもあります。人間はそう単純なものではないですし、分析しきれぬところもあります。

 男Nの体内にあるらしい抵抗勢力は、彼に「変わるな」と執拗に囁いているのでしょうか。OLA子さんの身体に感じた「疲れ」にも、ちょっと「引き戻し」のようなものを感じます。でもそれも「プロセス」としては必要なものなのだと思います。特に身体が症状として語ることをおろそかにしてはいけません。カウンセリングやグループで大事に見つめていくことできっとまた新たな展開があることでしょう。
posted by CSNメンバー at 22:29 | Comment(0) | TrackBack(0)
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