2007年09月10日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

モティベーション格差

 この週末は2日間に渡って行われた「ソーシャル アントレプレナー ギャザリング」というイベントに行って来ました。場所はかの六本木ヒルズ。主催は、NPO法人ソーシャル・イノベーション・ジャパン。最近とみに注目を集めている「社会起業家」を一同に集めての大がかりなものでした。今年で3回目だということですが、当NPOは今回が初参加です。幕開けの基調講演は、「ビッグイシュー」の創設者ジョンバード氏。偉大なる氏のナマの姿と声に接することが出来て感激ひとしおのかなりんでした。

 その後の催し物も9つの分科会、功績ある団体の表彰式、交流会、夜塾、マッチングテーブルなど盛り沢山で、様々な話を聞き、大勢の人と喋り、さすがに疲れましたが、なかなか刺激的な2日間でした。当NPOが設立以来から模索し続けている「社会性と事業性」のテーマに取り組んでいる人たちがこんなに大勢いるのかと驚き、またそのエネルギッシュな行動力には大いに感服しました。明日につながる活力をもらえたという感じがします。

 さて、こういうエネルギーはどこからくるのだろうか、と考えてみたのですが、やはりそれは「モティベーションの強さ」というところに集約されるという気がします。私が出た分科会のパネリストには、ビッグイシュー日本の佐野章二さん、NPO法人ぱれっとの谷口奈保子さん、フェアトレードカンパニーのサファイア・ミニーさんなどがいたのですが、共通して感じられたのは「その問題意識の強さ」と「やろうと思ったことを障害にめげずに成し遂げる行動力」です。それを支えるのが、常に変わらず持ち続けている強力なモティベーションです。

 およそ「行動」というものはモティベーションによって支えられます。それが希薄だとなかなか行動には結びつきません。私の勝手な分析だとモティベーションには次の4つの種類があると思います。即ち、@やりたい、やろう! Aやりたいわけではないけど、やりたいことをやるためには必要だからやろう! B余りやりたくないけど、やらなければ困るからやろう! Cいやでいやでたまらないけど、やらなければならないからやろう!

 私の観察では多くの社会起業家と呼ばれている人たちは@で起業しAでそれをしぶとく継続しています。社会起業家のはしくれである私もそうです。BやCになってしまったら牽引していくエネルギーは湧いてきませんからね。日々の行動も分析してみるとこのどれかに当てはまりますね。因みに私は仕事とプライベートどちらも含めてCはありません。掃除や洗濯などの家事、入浴、歯の治療なんかはBですね。

 BやCは@とAに比べてストレスが大きいですね。行動の大きな部分を占める「仕事」を支えるモティベーションがこれだとなかなかしんどいです。エネルギーが持ちこたえられないと行動が止まってしまうこともあり得ます。でもだからといって@だけではすぐにぽしゃってしまうことも多いんですね。何事でも達成するためには、あまり面白くないことや苦しいこともやらなければなりません。この時点でモティベーションをどう持続するかが大事なんですね。

 最終日に出た分科会のパネリストには20代前半の若い女性がいました。いまどきのアイドルのような容姿からは想像もつかぬ確かなビジョンと実行力で、「屋外広告によるまちづくり財源創出と景観向上」に取り組む会社を設立し活動する堂々たるアントレプレナーです。彼女の話には溢れるような熱いモティベーションが感じられました。

 こういう人に出会うと、今どんどん広がっていると言われる若者たちの「格差」の源泉は、経済的なものばかりでなく「モティベーション」の強弱にあるのではないかとも思えますね。前述の佐野さんがアントレプレナーの資質として「自分と全く関係のない人に関心を持てるか」というのを挙げていました。これは同じく前述の谷口さんが挙げた「社会的な問題意識が持てるか」ということにもつながってきます。自分の内に揺るがぬモティベーションを育てるのは自分のありようひとつだと言えるでしょう。
 
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2007年09月03日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「強迫性」の使い道

 当法人が開講している第4期目の「交流分析(TA)学習講座・基礎コース」は順調に回を重ね、昨日の第7回ではいよいよ「脚本と禁止令」を取り上げ、佳境に入ってきました。毎期のカリキュラム構成はほぼ同じなのですが、参加メンバーが違うので、グループでのワークはその期、その回ごとに様相が変わってきます。

 昨日もテーマに沿ったワークをしながら、それぞれ自分を振り返って話しをしていたのですが、そのなかで「強迫性」ということが話題に上りました。それほど面白くないことでも習慣化してしまうとやらずにはいられなくなってしまう。たまたま何かがあってやらなかったりするとどうも気持ち悪い。例えば週末ごとのジョギングとか、私が今はまっているブートキャンプとか。これって強迫?っていうようなことでした。

 私の例で言えば、亡くなった母が異様に筋肉の弱い人で、70才になるかならずで「子宮脱」という子宮が体外に出てきてしまう症状に始まり、それを手術した後は「直腸脱」という腸が出てきてしまうというのに悩まされて、その看病にいやというほどつき合った私は「何が何でも筋肉を鍛えて自分の内臓くらいは支えられるようにしなくては」という思いに駆り立てられてジム通いを始めたという経緯があります。ブートキャンプもその延長線上なんですね。一日おきにやらないと忘れ物をしたような気分になります。

 これはれっきとした強迫ですね。でもおかげで結構筋肉がついてきた感じで、たるんでいたお腹も心なしか引き締まったような感じがします。週末のジョギングもそれによって体調がよくなるという効果があるのだから、「強迫性」というのもまんざら悪いばかりじゃないんじゃないか、とも思ったりするわけです。

 思えばそんなに楽しい仕事があるわけでもない職場に毎日通うのだって、「強迫的な要素」がないわけじゃない。日々の掃除や洗濯にしてもどうせまた汚れるのにせっせとやるのは「清潔じゃなきゃ気がすまない」という強迫性のなせる業かもしれないし、毎日入浴するのもそうかもしれませんね。私が子どもの頃は週2回が精々でした。髪なんか週1回しか洗わないのが普通でしたね。それでも別に支障はなかったんですね。

 まぁ、毎日掃除したりお風呂に入ったりしたって支障はないわけだし、むしろ気持ちが良かったりすれば心身の健康にもいいのだし、結局は「生活に支障をきたすほどの過剰さがなければ、幾らかは強迫性があった方が物事をなしとげやすい」ということもあるのかもしれませんね。

 しかし「強迫性をほどほどに抑える」というのがなかなか難しかったりもするのですね。もともと「強迫性」というのは「駆り立てる」という要素を持っているので、つい過剰になってしまいがちなのです。「過剰な強迫性」は、非常に心身を損ないますし、「それが過剰だと分かっていてもやめられない」という苦痛をもたらします。特にそれが「完璧癖」と結びついていたりすると厄介な代物になっちゃうんですね。

 こうしてつらつらと見てくると、どこまでが「適度」でどこからが「過剰」なのか、ということに尽きそうですが、「適度な強迫性」というのも何か矛盾した言葉ですね。「適度だったらそれは強迫じゃない」とも言えそうですし。それでも、自分のなかに「強迫性」があることを常に感じている私のような人間は、「強迫とハサミは使いよう」と言い聞かせながら、うまくつき合っていくしかないのかもしれません。
 
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2007年08月27日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

人の振り見て・・・

 昨日久しぶりに他所のワークにメンバーとして参加してきました。
「市場調査」のような意味合いもありますが、たまには気楽にグループを楽しむのもいいものです。

 参加したのは「ゲシュタルト体験ワーク」というものでした。
参加者は、私と、同行したUさんの他にもう一人の3人だけ。午後からもう一人増えましたが、こじんまりしたグループでした。

 そこでやった午前中の導入ワークで、紙と筆記用具を渡されて、「自分ができないことを、『私は〜ができない』という形で書いてください」というのがありました。私はパッと頭に浮かんだものを幾つか書きました。それは次のようなことでした。

@私は空を飛ぶことができない。

A私は人生を2度生きることができない。

B私は未来を予見することができない。

C私は人を思い通りに動かすことができない。

とこんなところです。まぁ、私もワーカーのはしくれですから、このワークの意図しているところは分かっていたのですが、別にイジワルで書いたわけではありません。予想通りファシリテーターは「書いた文章を『私は〜しないことを選んでいる』という形に直して読んでください」と言いました。私が「私は空を飛ばないことを選んでいる」と読んだら、「それはどんな感じがしますか?」と尋ねられたので、「別に私は空を飛ばないことを選んでいるわけではないので、違和感があります」と答えました。ファシリテーターはちょっと困惑した風情で、「空を飛ぶことができない、と書いた人は初めてです。」と言いました。

 それでも私は指示に従って全部「私は〜しないことを選んでいる」という形に直して読みましたよ。それで全部どんな感じがするかもちゃんと確かめました。それで、これらは全部私のやりたいことで、でも決してできないということが分かっているものだ、ということに改めて思い当たり、ちょっとしみじみとした気分になりました。

 私は自分に湧いてきた感情をそのまま伝え、「人にはできないことがある、というのを噛みしめるのもまたいいものだと思います」と言いました。「できないというのは自分がしないということだ、というのを確認する」というのが、このワークの目論見だったのでしょうが、それからは外れてしまっても、それはそれで私のワークでした。

 午後のエンプティーチェアなどを含めたワークの全体を通して感じたのは、ファシリテーターが余りそのワークの決められたやり方や落しどころにこだわると、ワークが深まらないということです。それとチェアワークのように心に踏み込むワークをするファシリテーターには、しっかりとしたカウンセリングの素養が是非とも必要だということも痛感しました。

 折りしも来月から「キャリアサポーター養成講座・実践応用コース」が始まります。これまでの学習で実力をつけつつある受講生諸氏には、3期目を迎えたこの講座でしっかりとカウンセリングの基礎力の仕上げをして欲しいと思います。
 
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2007年08月20日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

グループの後片づけ

 この週末の土日で2日間のエンカウンターグループを行いました。場所は元サンプラザ相談センターで同僚だったIカウンセラーの自宅。個人の家でやるグループは初めてでしたが、埼玉県の郊外にある彼女の家は、周囲に畑が広がり、広い山荘風の居間の大きな窓からは、風に揺らぐ庭の木々が臨まれて、どこか遠くの避暑地にでもいるようでした。

 今回はエンカウンターとしては短い日程だったにもかかわらず、内容はかなり濃密なものになりました。通いでも可能なところだったので、1日目を終えて帰るメンバーもいましたが、私は何人かのメンバーとともに近くのホテルに宿泊しました。昨日は最終セッションの終了後に打ち上げをして、家に帰り着いたのが0時近くになってしまいました。さすがに疲れていたので荷物を放り出してシャワーを浴び、そのままベッドに倒れこみました。

 今朝起きたのが9時近く。随分眠りました。起きてしばしボーっとしてから、テーブルの上に散乱している荷物の片づけを始めました。一泊とはいえ、バッグには着替えや洗面用具の類いがごちゃごちゃと詰め込まれているので、一つ一つとり出して洗濯機にかけたり、化粧用具を元の場所に戻したり、領収書類を整理したりと、結構これがこまごまと面倒なんですね。おまけに留守の間にたまった新聞や郵便物なんかも重なってる。2日分の新聞読んだりしていると、あっという間に午前中が過ぎてしまいました。

 物理的な後片づけは精々半日で済みますが、精神的な後片づけはなかなかそう短時間では済みませんね。エンカウンターグループは非日常的な要素が大きいので、普段の生活に戻ってもパッと日常に切り替えることができなかったりするのです。洗濯物干しながらグループでのあれこれをもう一度なぞる。お昼のトーストをかじりながらメンバーの発言や表情、その時の自分の感じを反芻する。犬の散歩をしながら新しく気づいたことに思いをめぐらす…などなど。これはもうしばらく続きますね。今日1日では終わりません。

 他のメンバーは今頃何を感じているだろうか、と一人一人の顔を思い浮かべつつ、このブログを書いています。この後片づけはいつ頃終わるのか、まだ見当はついていません。
 
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2007年08月13日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

自己受容への道

 昨日A子さんが、エンカウンターグループに参加して、メンバーから受け入れられたという体験を書いていました。本人は少々戸惑い気味で、「うれしいっていう気持ちはあるけど、うまく受け入れることが出来ない。」って言っていますが、この体験がしっくりと心の中に納まったときが、A子さんが自分を本当に受け入れるときなのだろうと思います。

 「自分はだめだ」と思い続けて来た人は、いくら他の人から「あなたはそのままでOKだよ」と言われても、「そんな筈はない」と思ってしまいます。しかしそういう体験が無駄かというと、決してそんなことはありません。人は自分が他者から受け入れられるという体験を重ねてこそ、自己を受け入れることができるようになるからです。A子さんは貴重な体験を一つ積み重ねたと言えるでしょう。

 交流分析理論では、自己否定感というのは幼児期に根ざしているものだと規定されています。子ども時代は誰でも大人に比べて未熟な自分を感じざるを得ませんし、「目標」とか「理想」とかいう名のもとに「あるべき自分像」というのを描いているものです。それは大体、その子どもが「周りの大人たちによって期待されている」と感じる姿をなぞったものです。期待通りにいかなければ「自分はだめだ」という思いを抱き、それが積み重なればその思いはどんどん強化されていってしまします。

 どんなに失敗しても、「大丈夫、君はそのままでもOKだよ」と言われて育った子どもがどれだけいるでしょうか。「だめだなぁ」とは言われずとも、「もっと頑張ればできるよ」とか「諦めちゃいけない」とか、そんな言葉を浴びせられることは多々あった筈です。一見励ましに聞こえるこうした言葉のなかに、「頑張らない、あるいは、諦めてしまうお前はだめだ」という「Not OKメッセージ」が含まれており、子どもは敏感にそれを汲み取ってしまいます。

 もっとも「励まし」の全てが否定感を生むわけではありません。そういう言葉で奮起して成果を得ることで自己肯定感を育てていく、ということもあります。大切なのはそうした言葉がかけられるときに、その前提として「今の自分の存在がまるごと受け入れられている」という感じを子どもが受け取ることにあります。生育暦のなかで常にこうした感じを持つことなく大人になってしまうと、「人がこんなだめな自分を受け入れる筈がない」という確信を育てていってしまうことになります。

 「自己受容」とは、「どんな自分でもOKだ」と感じることができるということです。そしてその土台となるのはやはり「どんなあなたでもOKだよ」と他者から受け入れられる体験にあると言えます。特に子どもの頃にその体験が乏しいと、なかなか土台ができてきません。A子さんのように、他者の受容の言葉が素直に胸に落ちてこないというのは、まだこの土台がしっかりとできていないからでしょう。しかし土台をつくる貴重な要素となったことは確かだと思います。

 大人になってしまうと、そうそう無条件に人から受け入れられる体験をすることもありません。大人としてのそれぞれの価値観が重要視される世界に生きざるを得ないからです。防衛や仮面で自分を守りながら外界と渡り合っていくことが要求されます。それ故「自己受容」の土台ができていないまま現実を生きることは、ときにかなりの苦痛を伴います。精神のバランスを崩して立ち直れなくなるようなことさえあります。そこまでいかなくても、「人から認められたい」という欲求ばかりが膨れ上がり、それが膨れ上がるほど自分を繕うことに汲々としてしまって、結局は「誰も認めてくれない」という絶望に苛まれます。

 「自分を受け入れるってどうすればいいんですか?」と訊かれることがよくありますが、「自己受容」にノウハウなぞありませんし、その土台が一朝一夕でできよう筈もありません。しかしA子さんのように「利害を越えて他者と関わる」という機会を持つことは、とても有効です。エンカウンターグループなどのグループワークは、大人になって「自己受容」の土台がまだしっかりできていない人のための「土台づくり」の大きな助けとなることと思います。A子さんもきっとこの体験をこれからの「自己受容」のプロセスに生かすことができるでしょう。
 
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2007年08月06日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

均等法後の女性たち

 忙しさに紛れて大分間が開いてしまったが、ただ今大車輪で会報第3号を作成中。夏が終わるまでには何とか完成させたいと懸命努力の日々である(殆どはnekoちゃんの努力なんだけど)。今号の特集記事は、「均等法後の女性の生き方(仮題)」。「画期的な法律」と呼び声も高かった、かの「男女雇用機会均等法」が施行されて早や20年。今や女性の生き方もガラッと変わったように見える。しかし相談を受ける中で、そうした時代を生きる女性たち特有の悩みもまた生まれているのだなあ、と感じさせられることも多い。そこで彼女たちに自由に語り合ってもらって、そんな現状を検証してみようと思い立ったのである。

 そんなわけで、昨日、該当する会員さんたちの協力を得て座談会を行った。出席してくださったのは20代後半から40代までの4人の働く女性たち。2時間ほどの会談だったが、それぞれが抱える悩みや思いを熱く語り合った有意義なひとときとなった。

 30代のK.Sさんは現在派遣社員として大手のメーカーに勤務している。派遣の定年は40歳と言われるなか、将来のことを考えるとこのままやっていけるのだろうかと不安になる。結婚という選択肢もあるが、これ以上家事や育児の負担を背負うことを考えると余り魅力的には思えない。正社員にはならずとも、何とか一生やっていけるような仕事にシフトしていきたいのだが、なかなか簡単にはいきそうもない。思えば「派遣」という働き方が出現したのもおおよそ均等法の施行後である。「まだ派遣で一生を終えたという人はいないのよね」という彼女の発言は、モデルのいない道を生きるこの世代の不安と苦悩を湛えた印象的な一言だった。

 同じく30代に入ったばかりのA.Jさんは、大手の流通企業に勤務する正社員である。彼女の新卒時は折りしも超氷河期の真っ只中。買い手市場の就活現場は、一流大学の男子優先が露骨で、企業の本音を垣間見た思いがしたという。女子学生の採用は精々全体の1〜2割。彼女が受けた会社は100社にも及んだとのことである。そんな悪環境を潜り抜け何とか採用をゲットした彼女だが、職場環境は厳しかった。休日出勤や残業の連続で疲労感がたまり、入社当初の意欲も削がれがちになる。結婚はしたいけれど、家事や育児との両立はとても無理に思える。会社は法的な制度だけは整備したけれど、それを社員が利用しやすくするようなフォローは殆どない。ハードな仕事に見切りをつけて転職していく先輩の女性社員も後を絶たないという。

 40代のI.Sさんは、ちょうど均等法が施行された年の前年に就職した、いわば境目の世代である。初の女性総合職で就職した友人も何人かいる。しかし彼女たちは今殆どが主婦をやっているという。彼女の先輩の世代の教師をしている女性から聞かされたという、「均等法というのは高学歴のキャリアウーマンたちが生み出したのではなく、企業学校に通う女性工場労働者たちがつくったのだ」という見解が新鮮だった。切実な向上意欲実現の方途として誕生した均等法は、果たして彼女たちに真の恩恵をもたらしたのであろうか。男と伍して働くことを選んだ高学歴の女性たちの多くが、その過酷さに耐え切れずにリタイアしていったのと反対に、長い間劣悪な労働条件に甘んじてきた女性たちの地位向上に幾許かでも貢献したのだとしたら、その評価も違ったものになるのかもしれない。

 出席者の中で一番若いY.Kさんは、一人だけ既婚者である。現在中小企業の出版社に勤務しており、就活で男女差別を感じたことはないという、「均等法」の恩恵が行き渡ってきた世代である。しかし社内ではまだ女性の働き方に対して充分な理解がされているとは思えない。彼女の関心はやはり仕事と子育てとの両立ができるのか、ということにある。さすがに「寿退社」という言葉はなくなったものの、妊娠を機に仕事を辞める女性は未だに多い。子どもをもって働いている先輩社員もいるにはいるが、かなり周囲に気を使っているのが分かる。夫に応分の負担を求められる状況ではないので、このままの働き方はできないかもしれないと思っている。「でも諦めずに自分らしい生き方をしていきたい」と語る彼女は、「結婚も出産も仕事も」という、一昔前の世代から見れば羨ましい道を模索できる世代でもある。

 さて、この座談会のファシリテーターを務めたかくいう私はといえば、均等法の前身である「勤労婦人福祉法」という法律が施行された1972年の5年も前に就職している。「勤労婦人」という古色蒼然とした言い方からも、いかに差別的な状況だったかが窺えよう。当時は変わり者しか行かないとされていた4年制の大学を卒業して、A.Jさんが見舞われた超氷河期にも匹敵する就職難を掻い潜り、何とか建設会社の子会社に潜り込んで、レジャー産業の営業企画部門を担当した。小さなところだったのであちこちを飛び回り、結構面白く過ごしたが、「女のくせに」とか「女は引っ込んでろ」という言葉はそれこそ星の降るほど浴びせられた。まぁ、私が相当生意気だったせいもあるけど、あの頃を考えると誠に隔世の感極まるものがある。

 勤めて7年くらいになる頃、親会社が建てる琵琶湖湖畔のホテルの運営を私のいる子会社が委託され、その支配人を打診されたことがある。引き受けようかと迷っていたときに妊娠が判明し、辞退することを決めた。「日本初の女性支配人で売る」と勢い込んでいた社長は、私が妊娠の事実を告げると苦虫を噛み潰したような顔になった。日本で初の女性支配人が誕生するのはそれから10年余り経ってからで、当時の「フォーカス」という写真週刊誌が大々的に報じていた。

 あの時引き受けていたら、今頃私はどうなっていただろうかと考えることがある。ホテルの支配人というのは、今のコンビニの店長みたいなもので、24時間勤務と言われていたから、家庭が破綻した上に身体も壊したりして悲惨なことになっていたかもしれない。座談会の後、もしあれが今なら引き受けただろうか、と考えてみたが、それでもやはり相当迷うだろうと思う。全面協力をしてくれるような奇特な男をパートナーに持たない限り、今でも無理かもしれないなと思う。「仕事も結婚も子どもも」の道は、時代を問わず「賢い配偶者選び」にかかっているのかもしれない。
 
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2007年07月31日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

安倍クンのP3

 昨日わけあってブログを男Nに交代してもらいました。そしたらなかなかいいブログがアップされていたので、毎週代わってもらおうかと目論むかなりんです。但し「いいブログ」というのは、例の「ナチュラルトラックバック」がしやすいブログということで、それも「かなりんが」という限定つきで、だからこれはあくまで私の都合による評価です。あしからず。

 さて、男Nも投票に行ったという参院選。自民惨敗という予想通りの結果でしたが、これが衆院の与野党逆転までつながるか、微妙なところですね。初総理の椅子を狙う意気込みと映った小沢さんも姿を見せないし。安倍さんが総理の座にしがみつく醜態を見せている今こそチャンスなのにね。しかし彼が総理になったとしても何かが変わるんだろうか?

 小泉構造改革のあおりを受けて閉鎖されたサンプラザ相談センターの最期を看取り、「若者の就業・生活支援」の火を細々と燃やし続けることに必死のわが身としては、やはり政治は無視できない。個々の心理的な問題につき合い、その個別性は充分尊重しながらも、やはりその背後にある時代や政治の環境をしっかり見据える目も必要です。

 人々の心理はやはりその時代の空気に左右されるところが大きいと思います。「カウンセリングは制度上や環境の問題を無視して、全てを個人の問題に帰してしまう」という批判もあります。ところが「社会が悪いんだ」と言ってみたところで何も変わらない。改革を促進していくのはやはり個人の意識です。

 因みに安倍首相は「ジェンダーフリー」という言葉がひどくお嫌いだとか。選挙前の朝日新聞で読みました。「生物的差異も文化的資質も全く無視した言葉」なのだそうです。こういう意識の首相がいる国ってどうなの・・・?っていう気分になっちゃいました。

 男Nは「一番予想外だったのは安倍クンの空気の読めなさです」と書いていますが、これって彼のP3(親から代々受け継がれた価値観のようなもの、TA用語)なのよね、きっと。「き〜し〜、やめろ!」の大シュプレヒコールを浴びつつ、しっかりと居座って安保条約を締結した彼のじいさんを彷彿とさせるじゃありませんか。もっとも今は誰もシュプレなんて叫ばないし、時代もスケールも全然違うんだけどね。どうしても逃れられないP3の呪縛。いやぁ、手強いもんですね。

 P3に行動を繰られてしまうってとこは、男Nとのもう一つの共通項じゃない?まぁ、人間誰しもそういうところは持っているんだけど、特に二世議員なんていうのはひときわそれが強そうですね。

 ところで「ニート」や「引きこもり」が、「こんなことじゃいけない」と焦りを感じるのもP3のなせるワザかもしれませんね。彼らのP3には共通項が見られるような感じもします。このあたりは「腰を据えて書きたい」と言っている男Nに考察を期待することとしましょう。
 
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