2008年05月19日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

オルタナティブへの道

 今日NPO活動カレンダーにも書いたのですが、
ただ今当NPO事務局は、来る23日の第4回通常総会に向け、
その準備に追われる日々を過ごしています。

 今年も事務ボランティアnekoちゃんの働きはまことに大きく、
お陰で財務諸表と事業報告書はほぼ出来上がったのですが、
まだ事業計画書と収支予算書が残っていて、作成にとりかかって
いるところです。

 初年度の大赤字がまだ埋めきれぬまま、2年続きの黒字も
今年はどうやら息切れして赤字決済になりそうなところを、何とか
理事個人からの寄付金収入で免れましたが、来年は事業だけで
どうにか黒字にもっていきたいものです。

 そうは言っても、今年度もまた大儲けできるような事業など
やれる見込みもないので、まあ、今まで積み上げてきたことを
地道にやっていくしかないのですけどね。それでも事業報告書
を見ると、年次を追うごとに事業数は増えているし、内容も
発展してきているのを感じます。

 CSNという機関の特徴や持ち味も、段々にはっきりとしてきた
ような気がします。最初はサンプラザ相談センターの活動の
継承ということで、相談専門機関の色合いが濃かったのですが、
このところ、活動に携わるメンバーが育ってきて、パーソナル
サポートグループなどのユニークな活動を展開し始めており、
次第に軸足を「オルタナティブサービス」へと移しつつあります。

 「オルタナティブサービス」というのは、精神障害者グループの
活動に見られる「セルフヘルプグループ」や「ピアカウンセリング」
を中心とした活動様式で、利用者自身によって作り出され運営
される援助サービスのことです。そこには、障害者の持つ潜在的
な力への着目と、障害者自身が単に専門家から援助を受ける
対象に留まらず、自分たちが援助者となってお互いに支え合う
ことへの必然的な希求があります。

 日本では、80年〜90年にかけて、専門職のリードを脱して
障害者が自分たちの手で組織を立ち上げ、自分たちの手で
運営する施設が全国で相次いで開設され、実績を積んできました。
そうした施設は今や相当数にのぼり、障害者にセルプヘルプの
場を提供したり、ワークショップを開催したり、就業サポートサービスを
提供したりと、幅広い活動を展開しています。

 彼らは今までの活動のなかで力量を蓄え、セルプヘルプ精神は
成熟を見せて、専門家やボランティアと対等なパートナーシップを
結んで活動をより発展させようとしています。そこで活躍するリーダー
たちは、生活保護や障害者年金で生計を立てながら、事務局長として
組織運営を担い、ソーシャルワーカーやピアカウンセラーとしても
活動しています。

 ある先駆的な組織の事務局長は、91年にセントルイスで開かれた
「日米障害者協議会」に生活保護受給者の立場で参加して、話題を
呼んだといいます。彼女は現在、数々の障害者組織で要職を兼ねる
傍ら、大学の非常勤講師まで務める活躍ぶりを見せています。

 CSNの未来像を求めて、ここ数ヶ月というもの、福祉関係の書籍を
読み漁っていたのですが、この「オルタナティブサービス」という言葉
に出会い、まさに今CSNが模索している方向はこれなのではないか
と膝を打つ思いでした。今年度の事業計画書には、是非この言葉を
入れて指針を示し、総会の席上で会員諸氏に諮るつもりです。

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2008年05月12日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

花壇今昔

080512花壇1.jpg 
 


 




 我がCSNの玄関先にある小さな花壇。
その前に鎮座まします車に隠れて、道路からは
余り見えないのですが、ここを訪れて玄関に
立たれたことのある方はきっと目にしてくださって
いるでしょう。

 実はこの花壇、ちっぽけで変哲もないように
思われるかも知れませんが、数年前にはとある
生活情報雑誌の誌面を飾ったこともあるという
由緒正しき(??)花壇なのでありまする。
こちらを参照)

 さて、この花壇、せっかく雑誌に載るほどの雰囲気を
湛えてCSNの玄関に文字通り花を添えてくれていたにも
かかわらず、BMの車庫証明をとるために取り壊される
憂き目に会い、しかしそれにもめげずに、今また見事
復活を果たしました。

 結果から見れば、取り壊して土を掘り返し、もう一度
新しい土を入れて作り直したのが、却って良かったみたいで、
その後植えたアイビーが、まことに勢い良く繁茂しました。

 植物の育ち方でその場所の気の勢いが分かると
言いますから、こうしてのびやかに蔓を伸ばし、葉を
茂らせているのを見ると、それがCSNの勢いを現して
くれているようで、何だか嬉しくなり、そうすると緑だけでは
ちと淋しいということになり、かの日と同じミニバラを2株、
先日買い求めて参りました。

 植えて大して日も経たぬうちに、蕾が一斉に花開き、
これまたまことに可憐で美しい風情を楽しませてくれて
おります。

 しかし今年のこの花壇、以前(こちら)のと比べると随分
感じが違っていると思いません?
あの時はたった一輪だった花が、今年は賑やかに幾つも咲いて、
活動を担うメンバーたちが何人も成長してきている、今のCSNの
状況をまさに象徴しているようです。

 この花壇、来年はどんな景色を見せてくれるでしょうか。
今年にも増して沢山の花々が咲き乱れることを楽しみに
していましょう。

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2008年05月06日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

おゝ、クッキー!!

080503ぱれっとクッキー作り3.jpg080503ぱれっとクッキー作り2.jpg







 昨日のブログで書こうと思っていた、
NPOぱれっと「たまり場ぱれっと」での
クッキー作りの様子を「NPO活動カレンダー」
にアップしました。
 興味のある方、是非ご覧ください。

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2008年05月05日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「正念場」デビュー

 そうですか。A子さんは「正念場」ですか。
A子さんが言うと新鮮に響きますが、この言葉、
どこかで何回も聞いたような・・・。

 振り返れば5年前。サンプラザ相談センター
最後のエンカウンターグループでかの男Nが
人生最大の「正念場」を迎えたのでありましたねえ。

 その後も何回かこの言葉は彼との間で行き交いました。
今もひょっとして幾度目かの「正念場」?
A子さんが初心者なら、さしずめ男Nは「正念場」の
ベテランということになりましょうか。

 「正念場」にベテランもくそもあったものか、とお思いの
向きもおありでしょうが、体験とは恐ろしいもので、やはり
場数を踏むうちに少しずつですが強くなっていく、というか
慣れていくのですね。

 「正念場」というのは、思えば切り立った崖と崖の間の
深い谷に掛かっている、細い丸太の吊橋みたいなもの
じゃないでしょうか。それに足を踏み出すときも怖いけど、
歩き始めりゃなお怖い。できればくるりと後ろを向いて
逃げ帰ってしまいたい。

 今のA子さんの心境はまさしくこんなところでしょう。
一歩足を出すたび揺れる吊橋、果たして向こうの崖に
無事辿りつけるのか。気の遠くなるような果てのない
長さに感じられるこの橋を渡りきることができるのか。
何せ「正念場」なんて初めてなんだから、こう感じるのも
無理はありません。

 人生にはこんな吊橋が時折姿を表します。
男Nならずとも、「ここが踏ん張りどころ!」という場面は、
必ず誰もが経験していることと思います。

 私の最近の「正念場」は、このNPOを立ち上げる
ときでした。勝算はなく、この先どうなるかも分からない。
でも、踏み出してしまったからには渡り続けるしかありません。

 私のなかにあるのは無事に渡りきるイメージです。
これまで何回も遭遇した「正念場」ですが、それが
吊橋のイメージと重なったのは、以前旅先で実際に
深い山間の吊橋を、ひどく怖い思いをして渡った体験が
きっかけでした。

 下を見ると目のくらむような深い谷底で、そこに掛かって
いる橋はひどく長く(見えただけかもしれないけど)、
古い丸太を何本か無造作に渡してつくったような、
いかにも足場の悪そうなものでした。同行者のなかには
足を踏み出せなかったり、渡り始めても、かなりの揺れに
途中でしゃがみこんでしまう人もいました。でも私は
とにかく真っ直ぐ前だけを見て渡り続け、何とか渡り切る
ことができました。

 勿論実際の吊橋は、どんなに頼りなげに見えても
そうそう崩れ落ちることなどないようにできているし、
時間にすればほんの5分程度のことなのですが、
それでも「やった〜!」という、何とも言えない達成感が
ありました。そのときの感覚を今でも胸に蘇らせ、
「人生の吊橋」に立ち向かっています。

 私にもまた新たな吊橋が出現するときがあるかも
しれません。しかしこの吊橋、渡る経験を重ねれば
重ねるほど、成功のイメージは強まります。そして
成功率はどんどん高まっていきます。
男Nも10年先には大ベテランかも!

 コツは唯一つ、成功のイメージをしっかりと抱き、
真っ直ぐ前だけを見て、歩み続けることです。
お腹に力を入れて、一歩一歩確実に足を進めて
行くことです。後ろや下を見てはいけません。
途中で立ち止まることがあっても、自分を励まし、
再び前へ進むことです。

 「正念場」初体験のA子さんをはじめ、今CSNのメンバー
たちは皆、それぞれの「正念場」にさしかかってきているような
感があります。吊橋の渡り方は違っても、自分なりのやり方で
何とか立ち向かわんとする彼らの決意を支持し、見守って
いこうと思います。

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2008年04月28日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

滋味たっぷりなインプット

 折りしもA子さんがイタリアを満喫していざ帰国という先週末から
今日までの3日間、日本カウンセリング学会の研修大会が、懐かしの
中野サンプラザで開催され、私は至極真面目に学習に勤しんで参りました。
参加者は300名以上、北は北海道から南は九州まで、日本全国から
集まってきていました。東京大会は、以前私が参加した「幕張大会」以来
実に5年ぶりなのだそうです。

 サンプラザにはボウリングなんかで足を運んではいたのですが、
左側のエレベーターに乗るのは本当に久しぶりでした。
会場は8階で、私も在勤中に講座を担当したことがあるのですが、昔のまま
でした。9階は貸事務所になってるようで、上ってはみませんでしたが、
きっと随分変わったことでしょうね。

 さて肝心の研修ですが、私が採ったのは5コースあるうちの第4コース、
河村茂雄先生の「構成的グループエンカウンター」、佐々木和義先生の
「社会的スキル訓練(SST)」、それに繁田千恵先生の「交流分析」という
メニュー。おいしそうでしょ?

 結果は・・・というと、うん、なかなか美味でございましたよ。
ただ、朝9時開始で、1セッション二時間半の長丁場というのが少々
堪えましたね。1デッシュ2セッション、3日間で6セッション、全部で
15時間の試練、中身の味につられて何とか乗り切って参りました。
偉いぞ、かなりん!(またまた定番、自画自賛)。

 特に最後の「交流分析」では、繁田先生が新たに「6因子の機能分析」
というのを提唱されたのがとても新鮮でした。今まではAC(順応する子ども)
の裏側にあるとされたRC(反抗的な子ども)を1つの因子として独立させた
ものです。

 繁田先生がおっしゃるには、「RCはACだけではなく、FC(自由な子ども)
の中にもある。だったらいっそ因子として取り出してしまえと思ったのよ」
ということでした。現在関数などをとる手続きを経て、論文の仕上げに
かかっておられるそうです。

 6因子にしたので「エゴグラム」とは呼ばずに上記の名称になったのですが、
それでテストをしてみたら何とかなりん、CP(厳格な親)が一気に下がり、
その分がRCに出てきました。「やはり私はPよりCの人であったか!」と
複雑な気持ちでしたが、先生曰く、「それはあなたが今とてもリラックスして
いるからでしょ。あなたにはもともとCPがちゃんとあるわよ。組織を運営
したり、講座をやったり出来るのは、あなたのポジティブなCPの力よ」。
何とも嬉しいストロークでございました。

 「もうすぐ私も後期高齢者」とおっしゃる先生は、とてもそうは見えぬ
エレガントなお姿で、ちっとも昔と変わらない。久しぶりにお会いして
親しくお話も出来てとても嬉しいひとときでした。先日朝日新聞の記事で
お見かけしたことをお話したら、その際紹介されていた著書も頂いちゃいました。
先生の講座から生まれた本で、参加した方たちとつくったという
「子育てに活かす交流分析」(風間書房)という本です。交流分析が
分かりやすく易しく解説され、お母さんたちの事例も沢山掲載されていて、
手づくり感のあるなかなかいい本ですよ。

 それにしても日々アウトプットばかりの身には、こうしたインプットの機会を
定期的に持つことが大事だなあ、と改めて感じました。今年計画されている
という先生の研究会にも是非参加しようと、意欲を新たにしています。

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2008年04月21日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「かなりん」という生き方

 私が「かなりん」と呼ばれるようになったのは、
NPOを開設してからのことです。

 どうして「かなりん」と呼ばれるようになったかというと、
自分で「私はかなりん」と言いふらしたからです。

 どうして言いふらしたのかというと、
そう呼ばれたかったから・・・というわけでもないんです。

 以前アサーティブのグループワークに参加したとき、
「呼ばれたい名前を書いてください」と名札を渡され、
私は「カナエさん」と書いたのだけれど、ファシリテーター
のアシスタントが「キャサリン」と書いているのを見て
「ゲッ」と思ったことがありました。

 「キャサリンなんて呼びたかねー」という私の気持ちなど
おかまいなく、ファシリテーターは、「キャサリンはどうなの?」
とかのたまう。
そのワークでは、私は徹底的に無口になりました。

 「キャサリン」と「かなりん」は似たようなもんじゃないか
とおっしゃる向きもあるでしょうが、私の中では違います。
違いますが、まぁ「同じようなもん」と言われてもしゃーないとも
思います。だから「呼ばれたい」というわけでもなかったんですね。

 NPOを立ち上げたとき、ホームページなどのウェブ上での
発信にハンドルネームが必要だというので、「かなりん」と
しました。アイドルなんかを「〜りん」という愛称で呼ぶのが
流行っていた頃でもあります。「NPOのアイドル、かなりん!」
の乗りも、まぁ半分くらいあったんですね。

 昔の私だったら確実に「げっ」と言ってるところです。
でもその頃はそんな乗りでもなきゃやってられなかったと
いうところもありました。何しろこれでもかというくらい、
次から次へと難問が降ってくる、そんな時期でしたから。

 そういうわけで、何とも安易に、はずみで誕生した如き
「かなりん」なんですが、設立以来次々に持ち上がる
大小様々な問題を、「私はかなり〜ん」と言いながら
乗り切ってきた、今振り返るとそんな気がします。
思えば「かなりん」とは、私のFC(フリーチャイルド)を
喚起する呼び名だったのですね。

 サンプラザ時代は「シンチさん」とか「シンチ先生」とか
呼んでいたメンバーたちも、この頃では「かなりん」と
呼ぶようになりました。「こんなおばさんを『かなりん』なんて
呼びたくねー」などと言う輩は、我が心優しきCSNのメンバー
にはおりません。
(内心では思ってても怖くて言えないだけかもしれないけど)。

 ここでやっているカウンセリングもグループワークも講座も
言ってみれば「かなりん流」。既成の法則を度外視したやり方
は危険も孕むのは承知の上。
「何があってもリスクは私が背負う」という覚悟はできている
つもりです。かなりんは「腹」も鍛えているのです。

 今軌道に乗りつつある「パーソナルサポートグループ」
ホームページ「講座・グループワーク>サポートグループ」参照)も、
そんな「かなりん流サポート」の一つです。「その人に最も
有効だと思われるサポートを提供する」というCSNの理念
から生まれたサポートの形です。

 その「パーソナルグループ」をはじめ、講座や事務仕事に
関わってくれて、CSNの活動を担っているのは、私を
「かなりん」と呼ぶメンバーたちです。私も彼らを愛称で
呼んでいます。「呼んで呼ばれること」が日々見えない絆を
編んでいくようです。

 しかし、「かなりん」は私であり、私ではありません。
変なことを言うようですが、何かそんな感じなのです。
「かなりん」は私の中にあって、私に内側から力をくれる、
今やそういうものになっています。

 「かなりん」は、CSNを来訪してくれた多くの方たちから
力をもらい、私を助け、成長してきました。
それはCSNの成長とも重なります。

 「かなりん」は束縛や権威や支配が大嫌いです。
どんなに苦しくても自由をめざすエネルギーを失いません。
これからも、ともすれば挫けそうになる私を支えてくれる
無二のパートナーであり続けることでしょう。

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2008年04月14日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

贈る言葉

 あの時、あの場所で、ぼくの想いはどこまで君に伝わっただろう。
そして君の願いを、ぼくはどれだけ受け止められただろう。
時を経てなお、ぼくは繰り返し問いかける。
あんなにも濃密な時を共有しながら、今はもうそばにいない君に――。
(柴田翔「贈る言葉」新潮文庫キャプションより)

 武田鉄矢は柴田翔の小説「贈る言葉」を読み、それに触発されて
同名の曲を作ったと言います。卒業式の定番みたいになっちゃって、
本家の小説に漂う痛ましいばかりの虚無感はどこかへ行ってしまい
ましたが。

 柴田翔といえば何と言ってもかの名作「されど我らが日々」。
若き日のかなりんが何回も繰り返し読んでは夜更けのベッドで
涙にまみれた思い出の一冊です。

 それからというもの柴田翔の作品は殆ど網羅しているので、
当然「贈る言葉」もハードカバーで読んでいます。手元にある
その時の本の奥付は1967年。かなりん御年22才の春でした。

 就職活動などろくにしないでデモに明け暮れていたあの頃。
「贈る言葉」の主人公のように、未熟で不器用な恋愛の日々。
お先真っ暗な将来から逃げるように一晩中彷徨した深夜の盛り場。 
混沌とした不安と焦燥を抱えてうずくまった夜明けのジャズ喫茶。

 あっちへぶつかり、こっちで転んで、満身創痍の青春時代。
その後の人生も後悔と慙愧の嵐。 
吹き飛ばされずによくここまで生きてこられたものです。

 こんなことを書き連ねたのも、今私が出会っている若者たちの
殆どが、決して生きることに器用ではなく、世の中と渡り合うことに
疲れ果て立ちすくむのを見ているからです。
彼ら一人一人のなかに、あの頃の自分を感じてしまうからです。

 あるときはただ見守り、またあるときはちょっと背中を押し、
そしてあるときは現実的な手助けもしながら、その歩みを
支えることが、CSNのミッションであり、引いては私の願い
でもあるのです。

 そんななかで、転職に際して「未知なるものへのワクワク感」を
心の中に再発見したと昨日のブログに書いたA子さんには、
精一杯のエールを贈ります。

 何か気のきいた「贈る言葉」を書こうか、と思ったのだけれど、
それこそ卒業式みたいになっちゃうのでやめておきます。

 ただ、それを聞いて私はとても嬉しかったと、今後どんな展開に
なろうとも、その「ワクワク感」は忘れないで欲しいと、それだけは
伝えておきたいと思います。

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