2008年07月07日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「胸から上」でも

 先週の男Nのブログにもチラッと触れていたけど、
およそのNPOが主催するコミュニケーションワークに
参加してきました。

 たまにはこういうのもいいですね。
特に今回は、長年企業で研修を担当してきた方が
リタイア後に「金より思い」でやっている、なかなか
趣のあるグループでした。
 
 何よりファシリテーターに味がある。変にカリスマっぽく
ないのがいい。だてに年は取っちゃいませんね。
ワークのメニューにはそれほど新味のあるものはなかった
のだけど、おかげで気持ちよくできました。

 参加者は男性:女性が3:1くらいの割合でした。
研修屋さんが結構いましたね。あと営業職とか。
CSNのワークみたいに無職の方が多い、なんて
ことはこの手のワークにはありません。

 それでワークもまあそこそこのものということになる。
他者の存在が決して重くならないようなもの。コンセプト
は「理解」「協力」「調和」。

 「人ってなかなかいいじゃん!」って、胸から上では
感じられる。因みにかなりんはFC全開。難しいことは
考えないモン!

 幾つめかにお馴染みの「夢のワーク」がありました。
4人のグループで、2人はリタイア間近のサラリーマン。
私ともう一人は同年輩の女性でした。

 男性方の「夢」は、「定年後にタイで暮らしたい」、
「農業をやりたい」とまことに現実的。それに比して
女性群ときたら、私が「湯水のように金を使いたい」、
もう一人の彼女に至っては「ドラエモンになりたい」。
これって「夢」か??単なる「欲望」じゃん!!

 午後はグループで協力して情報を読み解き、見取り図を
作成するワークがあり、最後にこれもよく行う「私はあなたが
好きです。なぜならば〜」をやり、いい雰囲気のうちに終わり
になりました。

 「胸から上」で気持ちよくなれないようじゃ、社会に適応
しちゃいけません。こういうワークに出るとそのことがよく
分かります。そしてそのことって結構大事なことなんだと
思います。

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2008年06月30日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

内を向いて歩こう…

 毎日うっとおしい梅雨空が続いていますね。
こんなときはどうも心が外に向かっていかず、
内側に入り込みやすい。
「脚本」にも入りやすいので、ご用心あれ!

 私はといえば、昨日から今日にかけて、久々の
オフということもあり、たまってしまった学会誌の
論文や、昔読んだカウンセリング関係の本を
読み返したりして時を過ごしています。

 自分の周囲の空気が重く停滞しているような、
そんな感じもありますね。今までがむしゃらに
突進してきた歩みをふととめて、じっくりと見直して
みる時期なのかもしれません。

 このところCSNの中でも「関係性」に纏わる
様々な問題が生起しています。人が集まれば
そこに無意識的な転移による感情の応酬が
起こるのは当然のことです。今CSNのメンバー
たちは、果敢にもそのありのままを見つめ、
立ち向かおうとしています。

 私もこの2日間をそういった「関係性」への
洞察に使っています。とりわけ、「転移/逆転移」
の様相は注意深く見ていかなければならないと
改めて気を引き締めています。

 一昨日のひろみんのブログにあったあように、
「見たくないもの」は誰にでもあります。しかし、
それを見ないまま放置したり、防衛的に合理化
していては、カウンセラーは勤まりません。

 こうした「転移」や「抵抗」の感情は、カウンセリング
場面のみに留まらずどこででも起こり得ます。
カウンセラーも一個の人間として、強迫的に衝動的に
無意識の力に駆られた行動をとってしまうことも
あり得るのです。

 カウンセリングルームのなかで起こる「転移/逆転移」
に敏感であるためには、普段の生活のなかでも、そういう
ものに気づく感性をもっていることが必要です。私は
そのためによく日常のなかでもフォーカシングをしますが、
どんよりと心まで曇りそうなこうした時期には、努めて
心をクリアにしておくことが大切だと感じています。

 というわけで、日頃の「自画自賛」ぶりもどこへやら、
内省モードの2日間でしたが、お陰で雑念に隠れて
見えなかった自分の転移的感情にはっと気づかされる
こともありました。 

 これからはこういう時間をもっと大事にして
研鑽怠らぬようにせねばと、「自重自戒」しきりの
かなりんでございます。

 と、最後だけ「大奥」調なのは、「自戒」の深さを
物語っているのでございます。

(「ただの照れじゃん!」って男Nの声が聞こえた気がした
のは、私の逆転移?)

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2008年06月23日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

度し難きもの

 かなり前のことになりますが、テレ朝で「朝まで生テレビ」
という番組があり(今でもある?)、どういうテーマか忘れて
しまいましたが、そのなかで、ある韓国の評論家か何かが、
歴史上の自国に対する日本の行為を激しく批判する意見を
述べたとき、映画監督の大島渚氏が「そういう意見はもう
聞き飽きたんだよ!」と言い放ったことがありました。
その評論家は一瞬絶句し、続けて反論しようとしたのを、
大島氏が「ルサンチマンはもう沢山だ。どれだけ繰り返しても
不毛なだけだ」と切って捨てたのを覚えています。

 大島監督といえば、かの「小松川事件」を題材にした
「絞死刑」という作品があります。その他日本ヌーベルバーグ
の楚ともいえる「青春残酷物語」、政治的理由で上映中止に
なった「日本の夜と霧」など、前衛的かつ過激な作風で知られて
います。その監督の口から些か乱暴な口調で発せられた
「飽きたんだよ!」の言葉は、いかにも衝撃的でした。

 その番組よりもっと前のことになりますが、私はカウンセリング
の勉強を始めてまだ2年目くらいの夏に、通いで終日4日間の
エンカウンターグループに参加しました。心理学者としても、
カウンセラーとしても著名なK氏がファシリテーターを務める
グループで、20名余りの参加者がありました。

 その頃私は、「母親との確執」という自分の問題と格闘し始めた
時期で、あちこちでそのテーマを話しまくっていました。そのグループ
でも2日目にその話をしました。私が話し終えると、あるメンバーが
「そんな大変なことを、そんなに流暢に淡々と話せるなんて信じられない」
と発言しました。間髪入れずに私は「この話、あんまり何回も話したから、
もう飽きちゃった!」と投げ出すように言いました。別に考えて言った
わけではなく、ワッと身体から出てきたような感じでした。それを聞いた
ファシリのK氏が、「話しているときにあんなに近くに感じられたSさん
(私のこと)が、今の言葉で何だか遠くへ行ってしまった気がする」と
介入してきました。私は生意気にも「それはあなた自身の問題でしょう?
私には関係ないわ」と切って捨て、K氏は黙り込んでしまいました。

 私はあのとき自分自身の不毛なルサンチマンを切り捨てようとした
のだと思います。勿論そんなにすっきりとうまくいくわけはなく、その後も
かなりの年月に渡って悪戦苦闘が続きました。「度し難きはルサンチマン」
何度もそんな思いをかみしめたものです。

 そして今、私は「そのルサンチマンごと私を受け入れる」という境地を
手に入れたように感じています。先日の「キャリアサポーター養成講座」で
高瀬講師が、「本当にこのルサンチマンて奴は根強いからね」と言い、
「切り捨てるのではなく、受け入れる」ということの大事さを受講生諸氏に
説いていましたが、まことにその通りだと思います。

 大島監督のあの発言も、実のところは自分自身のルサンチマンに
向けられていたのかもしれません。重ねた年月のなかで氏がそれを
「受け入れる」境地に至ったかどうかは知る由もありませんが、「一時
に比して輝きを失った」という評もある後年の作品群からは、何となく
氏の心境の変化が感じ取れるような気もします。

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2008年06月16日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

行間の妙

 先週末に千葉の労働者福祉センターで開催された
「神田橋條冶 精神療法セミナー」に、男Nとともに
行って参りました。

 先生のご尊顔を拝したのは2年ぶり。所も同じこのセンターで、
ブログ(こちら)にも書いておりますが、今回はあの独特の
神田橋節、前回にも増して冴えておられた感がありました。

 あらかじめ参加者から収集した質問に答えるという形式は
前回と変わらなかったのですが、今回は、同類の質問をまとめ、
一貫したテーマを持つように構成されていました。

 そのテーマというのが何と「発達障害」。このところCSNが
取り組んでいるのと同じだったので、あまりのタイミングの良さに
男Nと顔を見合わせ、にんまりしてしまいましたが、それほど
悩んでいる人が多いということでしょう。

 さて話の内容はというと、「高機能自閉症」と呼ばれる一連の
症状は、シナプスという脳神経系器官の障害で、認知の統合が
できないことによって引き起こされるということ、その特質は、非常に
不器用でこだわりが強いこと、それを和らげるには「ハルウコン」、
「DHAEPA」が効くということ、障害を確認するには赤白の旗を
上げ下げする遊びをしてみればすぐに分かること、フリースクール
に通っている児童の大半は発達障害であること、だからスクール
では、上記の旗遊びの他、ジャンケン、せっせっせ、縄跳び、お手玉
といったような遊びを入れて訓練するのがいいこと、様々な情報の
入力と出力の統合機能がうまくいかないのが「統合失調症」だが、
その機能が全くない「統合無能症」ともいうべき疾患であること、
共感性が抑止されているものをはずしていくのがカウンセリング
なので、それが始めからないこの障害には全く役に立たないこと、
etc、etc・・・でした。

 こう書くと、内容としてはそれ程目新しいこともないようなのですが、
これをあの独特の口調で言われると、何か+アルファが漂い、それが
じわっと胸にしみるような感じがあるのですね。「行間に味がある」
とでも言いましょうか。そしてまた、その味わいが非常に濃密なんですね。


 例えば、「カンファレンスなどで思い切って発言するのだけれど、
自分の思っていることをうまく発言できない」という質問に答えて、
「思い切って話すと、その切られた思いの方に心が残るのね。
真実はいつも切られた思いの中にある。何回もそうして発言
しているうちに、それが見えてくるようになって、言葉の領域に
持ってこられるようになる。そうなるまで発言し続ければいいのね」
といった具合。

 その他、「人間観で援助のし方が変わるか」という質問には、
「言葉で表現できる人間観は行動に枠をはめるのね」と前置き
した上で、「質問自体をパラドックスにしてみるといい、そして
二つの間を揺れ動いてみる。パラドックスは言葉によって言葉を
越えるのね」と仰せられた後で、「臨床家には言葉によってはっきり
とさせないでいる能力が大事。葛藤能力を育てないとだめね」と
印象深いお言葉。

 「臨床家と素の自分の区別がつかなくなった」という質問には、
「仕事を極めていけばいくほどそうなるのね。例えば竹職人は、
ずっとその仕事を続けているうちに、その人の人間性に竹職人が
入り、竹職人に人間性が入ってくるというようにね」などとおっしゃる。

 会場で2年前にもここで会ったサンプラ時代のクライエントの
Kさんにまた出会いました。聞けば毎年来ているとのこと。彼が
はまるのも分かるような気がしました。

 本人を見る前から風評だけで物まねをしていた男Nも、すっかり
神田橋節に魅せられたようでした。心なしか物まねにも深みが
出てきたような…。

 因みに先生が「発達障害近縁圏に多くの学生たちがいて、
社会に出るのが不安で大学院まで行ったりして、その後
行き場がなくて引きこもっちゃう」という話をされたとき、男Nが
「俺のことじゃん」って呟いてました。それで早速食事に入った
店で、割り箸とマドラーを使って「赤上げて・・・」をやってみました。
それはめでたくクリアできた男N。その勢いで「引きこもり」の方も
クリアしてね。

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2008年06月09日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

障害と個性

 昨日の「NPO活動カレンダー」に、「障害は個性だ」
と書きました。この言葉、結構あちこちで耳にします。
障害者自身からも、その支援に関わる周囲の人たちからも。

 「障害」を「欠損」ととらえずに「個性」と捉えることは、
偏見や差別を排することとつながるし、障害者自身の
エンパワーメントにもなります。こういう捉え方ができる
ようになったことは、時代の成熟とも言えるでしょう。

 しかし、この言葉については、批判もあります。
例えば、小浜逸郎氏は、その著書「『弱者』とはだれか」
(PHP新書)で次のように述べています。

 「最近『障害は個性だ』などと言う言い方がよくなされる。
このスローガンも、戦後民主主義の甘さと欺瞞にもとづいた
扇情的な性格をよくあらわしている。 この場合の『個性』という
言葉の使い方には、その人のすぐれた持ち味とか美点とか
いったニュアンスがことさらこめられている。」

 「しかし『障害』は勝ち取られた特性でもなければ、持って
生まれた美点でもないから、そういう意味では『個性』などとは
言えない。障害はあくまで『障害』である。つまり、それ自体は、
生きていく上で不利な条件と見なすほかないものである。」

 「それを過剰に重苦しく考えていても生き抜く力は生まれて
こないが、逆に、ことさらポジティヴなものと見なそうとしても、
不自然さが際立つだけで、本人の不遇感や周囲とのバリアー
がたやすく払拭されるわけではない。」

 「それどころか、この種の言い回しは、障害者に向き合う
一般の人々の心理に屈折した抑圧感や遠慮の感覚を与え、
かえってバリアーを高くする作用のほうが大きい。別に差別
など持たないごく健全な感覚として、こんな言い方に納得
できるはずがないからだ。」

 引用が長くなってしまいましたが、これを読んだときは、
私にも「確かにそうだな」と思うところがありました。
もうかれこれ10年くらい前のことです。しかしその後
沢山の障害者に接するうち、「障害は個性」という実感
は、私の中で段々に強くなっていきました。

 一つには、私が「個性」という言葉を、小浜氏の言うような
「その人のすぐれた持ち味とか美点」というふうには捉えて
いないということがあります。「個性」とは、ときにまことに
手に負えない厄介なものだと思っているからです。

 我が敬愛する岸田秀氏は、「教育とは個性を矯正する
ために行うものだ」とおっしゃってました。だから一時
文科省がしきりに唱えていた「個性を豊かにする教育」
なんていうのは、土台矛盾に満ちた無理なお題目だと
喝破してました。

 それによく企業のトップなんかが、「個性のある人材が
欲しい」なんてことを言ってるのを聞いたりすると、「ウソだろ!」
って思っちゃいますね。本当に「個性のある人材」が「企業」
のような枠の中に納まっているはずがありませんから。
そんな人材が入ってきたら、結局は持て余して排除する
ことになるのがおちです。そういう例も随分見てきました。

 というわけで、昨今の「個性」という言葉の使い方が、
小浜氏の言う如く、「戦後民主主義の甘さと欺瞞に
もとづいた扇情的な性格」を帯びている面もあったわけで、
そういう感覚に反発して書かれた氏の主張が、否定
しきれない内容であったことも事実です。

 それでも私があえて「障害は個性だ」と書いたのは、
前述したように、「個性」というものが、集団や社会に
適応するためには、否応なく矯められていくべきもの
だと捉えているからです。懸命にトレーニングをして
自身の障害を越えようとすることは、まさにこの
「個性を矯める」プロセスと重なります。
そこに苦しみや葛藤が生まれるのです。

 人生の過程で、この「個性を矯める」作業がスムーズに
いかずに「生きずらさ」を抱えている人たちは沢山います。
私も、そしてサポートグループの面々もその傾向が強い
人たちです。最終的には、「障害」も「個性」も、越えきれず、
また矯めきれぬものをどう自身が受け入れていくかという
課題に集約していきます。

 私たちが今行っている ピアサポート的な色合いを持つ
サポートグループが、場としての効力を発揮するのは、
そうした課題を皆が追求しているからだと思います。
究極的には「ありのままの自分を受け入れる」、この
易しげな難題に取り組み、障害者もそうでない人も
その道を模索している最中です。

 そう、まさに「障害は個性」なのです。

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2008年06月03日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

生保申請顛末記

 昨日男Nから「お楽しみに〜」と言われて、そのご期待に
添いたい気持ちはやまやまなかなりんではありますが、何せ
昨日から出ずっぱりで、ゆっくりパソコンの前に坐っている
暇もなく、今日も出先で書いているという有様。
昼飯も食ってない。お腹すいた〜!!

 今週は何故か外出する仕事が重なっているのです。その一つ
に「生活保護申請時の付き添い」というのがありました。昨日の
午後です。CSNの会員さんで、派遣から正社員への転職を果たした
ものの、重責とオーバーワークに疲れ果て、精神のバランスを
崩して、ついには退職せざるを得なくなってしまった、一人暮らし
をしている30代の女性です。

 申請時の付き添いは以前も数回したことがありますが、
自治体によって手順や期間が違ったり、よく言われるように
窓口の担当者によっても速やかにできるかどうかの差がでます。
その会員さんは、1ヶ月ほど前に最初に相談に行ったときの
担当者から「まだ働けるんだから、頑張れ」と言われ、ろくに
相談にのって貰えなかったとかで、とても嫌な思いをしたそうで、
そんなこともあって「一緒に行って」と頼まれました。

 今回は、彼女が電話で担当者を変えてくれるように言ってあった
ので、違う人が対応してはくれたものの、お金が出るまでに何と
2週間もかかるというので、以前の経験からその場で出ると思って
いた私はびっくりしてしまいました。事前に「持ち金があると
申請できない」と言われていた彼女は、もう所持金が3000円足らず。
「2週間もこれでどうしろと言うの〜」。言ってみても「そういう
決まりですから」の一点張り。全く役所ってとこは!

 彼女だって好き好んで生保を申請しているわけじゃあないのです。
転職してまだ半年の彼女にはろくに有給休暇もなく、どうにも働く
ことができなくなって、まずは頼ろうとした「傷病手当金」は、
最低1年の勤続が必要だと判明。それに加えて悪いことにちょうど
その頃、今まで6ヶ月勤めれば支給された雇用保険が、「同じ事業所に
1年勤続のこと」と条件が変更され、これも使えなくなってしまった
のです。

 「既存のセーフティーネットというのは、社会の枠組みのなかで
ちゃんとやってきた人しか使えないようにできてるって、つくづく
思い知らされた」とは、彼女の嘆息交じりの感想です。
本当にそうですね。この頃しきりに行政が繰り出す支援策と
いうのも、結局は「枠から外れた人を何とか枠の中に戻す」
ことが目的で、「枠の中には戻りたくない」なんてたわごとは、
「勝手に言ってくれ」っていうスタンスが透けて見えます。

 さて、生保申請は様々な書類の提出、預金通帳の点検、付帯条件の
確認などで2時間余を費やしました。それに、ケースワーカーとの
面接日が大分先になることや、今彼女は無保険状態なのに、
医療費援助の申請が生保申請が受理されてからしかできないとか、
「何で、何で?」のことばかり次々に出てきて手間取りました。
何故か最後に「これで2週間何とかしのいでください」と7000円
の現金を渡されました。「え?2週間で7000円?」とこれまた
びっくりし、「その金額の根拠は何?」って聞きたいところだったけど、
次の予定があってそれ以上時間がかけられないので引き上げました。

 役所を出たときは、二人とももうぐったり。2週間後に無事申請が
通ることを願うばかりです。
 
 さあ、大分遅くなっちゃったけど、昼飯食って、また仕事だあ〜!


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2008年05月26日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

モデル喪失の時代

 やっと総会が終わり、一息ついているかなりんですが、
一息が二息三息にならぬよう気をつけないと、あっという間に
日が過ぎていって、気がついたらもう今年も幾月か、なんてことに
なりかねません。引き締めていきましょう! 

 と、いざブログにとりかからんとしたところに電話がかかって
来ました。年配の女性の方からです。聞けば娘さんが会社を
辞めて以来、部屋に閉じこもったきりで、食事のときなどに
話しかけようものなら物凄い剣幕で暴言を吐く。ここ数日は
食事にも降りてこなくなって、どう接していいか分からない、と
いうことでした。

 当方では今のところ電話でのご相談は受けていないのですが、
こうした電話にはつい身が入ってしまいます。余り聞きすぎても
いけないので、面談に来てくださるようお勧めして電話を切りましたが、
きっとその娘さんも、昨日のA子さんのブログにある「壁」にぶち当たって
苦しんでいるのだろうなあ、と思い胸が痛みました。

 その娘さんは30代ということですが、このところNPOだけでなく、
他の行政の相談でも、30代の女性に纏わるケースは増えています。
「女性も働いて自立して生きていかねばならない」という呪縛を背負い、
懸命に働いてきてたものの、その大変さに疲れ果て、将来の道筋も
定まらず、いわば人生半分も行かぬうちに「迷子」になってしまった
というようなケースです。

 こういう女性の母親たちは大半が専業主婦で、働いていたとしても
パートが多く、彼女たちの生き方のモデルにはなりません。マスコミ
には、苦難を乗り越えて働き続け、企業の役員になったり、自ら会社を
興して成功したりしている50〜60代の女性たちがよく取り上げられて
いますが、あれは本当に稀有な例といっても差し支えないと思います。

 そういえば5月22日付けの日経夕刊に「要職の母 目指す娘」という
記事が掲載されていましたっけ。ここに取り上げられているのは、何れも
「大手デパート執行役員の母、一流企業システムエンジニアの娘」とか、
「大手出版社社長の母、都内アパレル企業社員の娘」とか、そんな事例
ばかりで、「男社会をくぐり抜けてきた母の助言は、励ましより厳しさが
あるからこそ説得力を持つ」と言い、仕事で行き詰まった娘に「休日出勤
しても責任を果たせ」と助言する母の話、或いは会社の執行役員就任
を迷っていたとき、娘から「私だけでなく多くの女性の目標になる」と
背中を押されたという話など、まことに羨ましい限りのエピソードが列挙
されています。

 記事は、「最近はキャリアを築いた母親を娘が目標にするケースも
目立ち始めた」とぶち上げていますが、まあ、確かに今まで余り
見られなかったことではあろうし、「目立ち始めた」というのも嘘では
ないにしろ、ごく少数のエリート家庭の話を、こうして普遍化するのは、
いかにも日経らしい書き方だなあと思いながら読みました。

 ともあれ、この記事にあるような「キャリアを築いた」母親の数など、
全体から見ればほんの一握りに過ぎないのですから、結局世の殆どの
働く娘たちは、こんな母親を持ってはいないのです。大半が働きたくても
働けず、当然のように結婚して、家族の世話と日々の家事に明け暮れ、
漠然とした不全感を抑圧しながら生きている世代です。自らの果たせな
かった夢を、知らず知らずに娘に投影しているようなケースもあります。

 上述した電話のケースでも、娘さんは大学を卒業後、某大手の
金融関係の会社に就職し、頑張っていたようです。しかし、30歳を
過ぎた頃から体調不良を訴え、段々会社を休みがちになり、「抑うつ
状態」との診断で休職、結局は辞職せざるを得なかったと言います。
お母さんは「何年も頑張ってきたのに本当にもったいない・・・」と
言ってらっしゃいましたが、娘さんの苦悩は想像するに余りあります。

 母親をモデルにできるごく少数の恵まれた娘たちの陰に、モデルに
なるべき生き方を見出せず、将来の不安を抱えて「壁」の前に立ちすくむ
多くの娘たちがいることを実感します。そしてモデルに恵まれた娘たちの
なかにさえ、件の日経の記事中、信田さよ子氏がコメントしているように、
「仕事も育児もやり遂げてきた母の業績を重く感じる」娘もいるかも
しれません。「モデルがいる」ということも、良いことだけではなく、
苦しいこともあるのです。

 今日の電話のお母さんは多分私と同世代だと思われますが、私たちは
否応なく母親の歩んだ道をモデルとして押し付けられた世代です。それは
それで決して楽な道ではありません。モデルがいることもいないことも、
究極は同じように苦しいことなのかもしれません。

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