2008年12月01日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「筋金」のルーツ

 今日から12月。人も街も慌しくなる季節ですね。
世の中の勢いも停滞気味で、学生の就活では内定や
内々定の取り消しが相次いでいるらしい。
それに何だか今年は11月のうちから結構寒い日が多い。
こういう年の暮れは、「師走の風が身にしみる」実感が
一段と強まります。

 この寒風は、いわゆる「社会的弱者」と呼ばれる人々に
ひときわ激しく吹き荒れる感じですね。辛く厳しい年末を
過ごす人も沢山いることと思います。特にホームレスの
人たちにとっては、生存の危機に晒される日々が続く時期
でもあります。

 昨日の日経新聞で「社会人」という欄に、長年ホームレスの
支援を続けてきた生田武志氏の記事が載っていました。
以前、氏の著書である「ルポ最底辺」(ちくま新書)を、「何と
世の中にはすごい人がいるもんだ」と感嘆しながら読んだので、
「あ、あの人」とすぐ分かりました。

 生田氏は1964年生まれの44歳。記事によると、「何一つ
不自由のない家庭で育ち、学生時代はバンド活動に没頭し、
夢はピアニスト」という恵まれた境遇の学生だったらしい。
それがTVで見た一本のドキュメンタリー番組に触発されて、
釜ヶ崎のあいりん地区に足を踏み入れ支援活動を開始する。
そして3ヶ月目に釜ヶ崎キリスト教協友会主催の「労働セミナー」
に参加し、そこで日雇労働を初めて体験したのをきっかけに、
長期の日雇労働をすることを決意。外側からのボランティアと
してではなく、一緒に働いて生活費を稼ぎドヤに泊まる生活を
することでより深く釜ヶ崎に関わろうとするのです。

 「ルポ─」にはその後の過酷な労働の様子や、手配業者の
あくどいやりくち、行政や警察の強圧的態度などが、一労働者
としての視点から仔細に書かれていて、その凄まじい状況に
息を呑むような衝撃を受けました。

 世の中にはこうした筋金入りの「支援者」というのが
いるもんなんですね。福生の自立支援センターの工藤定次氏も
その一人だと思いますが、こういう人に出くわすと、その筋金の
ルーツは一体何なんだろうとつい思い巡らしてしまいます。
工藤氏は先日読んだ「親と離れて『ひと』となる」(NHK出版)
という本の中で、元バリバリの全共闘の闘士だったことが
明かされていて、「な〜るほど」と思いましたが、それなら
彼より若い世代の生田氏や、先日の「訪問支援員」の講義で
講師を務めた30代の谷口氏(こちらを参照)なんかはどうなんだ??
いやでも興味がそそられてしまいます。

 前述の「親と離れて『ひと』となる」にも、何人かの
こうした「支援者」が登場します。富山で自立支援の
共同生活寮「はぐれ雲」を運営する川又直氏、今
毎週日経で特集が組まれている奈良県の自立塾
<NOLA>の代表佐藤透氏など、いずれも「身を賭して」
という言葉がふさわしい活動振りが紹介されています。

 もしかしたらこういう人たちには生まれながらに
「筋金のもと」みたいなものが仕込まれているのかも
しれませんね。芸術家のなかにもそういう人は見受け
られます。俗世の欲求を全て一点に向かって「昇華」
させるようなエネルギーが資質として備わっている。
それが何かのきっかけで方向性を見出すと、一気に
道を得て流出するのでしょうか。

 私とて「支援者」を名乗るからには幾らかでも彼らの
行動力を範としたいと思います。思いますが、やはり
できないものはできない。無理をすると私にも備わって
いるかもしれない「筋金のもと」が、十分に育たないうちに
潰れてしまいかねません。自分にどれほどのことが
できるのかを見定めて行動するのもまた、「支援者」の
資質のうちと言えます。私はあくまで私らしく、「かなりん流支援」
の円熟を目指したいと思っています。


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2008年11月24日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

鬼が笑うかな?

 この3連休は見事に連日仕事が入っていました。
一昨日の土曜日は、10月から開講した第5期TA(交流分析)講座の3回目。
昨日は渋谷区女性センターで職業能力適性検査の実施、そして今日は
千葉県の柏市で行われた、「不登校・引きこもり・ニートからの脱出」と題した
イベントに参加してきました。

 先ほど帰宅して、「やれやれ」という気持ちでこのブログを書いていますが、
こうして動いていて「良かったな」と思うのは、何と言っても様々な出会いが
あることです。講座の受講生の方々や、検査に来てくれた受検生諸氏。
そして今日はご一緒にブースを出していた関係団体の方々と情報を交換し、
私たちのブースに相談にみえた会場の参加者の方々ともお話ができました。

 ブースを出していたのは、主催団体が3、フリースクールや教育関係機関が6、
それに私たちのような支援団体が6の合計15団体でした。そのなかでも特に
千葉でCSNと同じような活動をしていらっしゃるNPO法人の「セカンドスペース」
さん、錚々たる企業人を役員に据えて、若年者就労支援事業や企業との連携
事業を展開なさっている「キャリアパスポート」さん、それにニートや引きこもりの
若者たちが自分たちの手で立ち上げたという合同会社「結」さんなど、これから
ネットワークを組んでいけそうなユニークな団体と知り合えたのは、今日の大きな
収穫でした。

 こうして少しずつ人の輪や活動の輪が広がっていくのは、嬉しいことですね。
思えば今年ももう残り僅か。来年は我がCSNにとっても新たな飛躍の年に
したいとあれこれ方策を練っているところです。とりわけこのところ私の頭の
なかをぐるぐる巡っているのは、「雇用創出」の4文字。1人でも2人でも
一人前の給料を出せるような事業体への転身を、本気で考える時期に
さしかかっているのだと思います。「来年こそは」の常套句を、口だけで
終わらせないよう、「現実化」の決意を確かなものにしていくべく、今後も
また「行動あるのみ」です。

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2008年11月17日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「山月記」を越えて

  最近の相談にこんな事例がありました。
地方都市出身の30代の男性。大学を卒業後2〜3年毎に転職を重ね、
いつも何か飽き足らずに仕事をするのがいやになってしまう。
最近何社目かの会社を辞めたのだが、自分が何をしたいのかが
どうしてもはっきりとつかめない。アルバイトをしながら毎日悶々として
いるうちに、段々考えることに疲れてきて、今は全く気力がなく、
何もかもが面倒くさくなってしまった。「生きていることさえ面倒くさい」。
長身の堂々としたその体躯に似つかわしくない言葉を、吐き出すように
彼は言いました。

 高校時代の彼は映画が好きで、将来は著名な映画監督になって、
ハリウッドの地を踏む自分を夢見ていたと言います。しかし大学進学時に
父親の強固な反対に会い、仕方なく経済学部に進み、就職氷河期の
真っ只中で余り意に添わぬ就職をすることになります。そして組織の
なかで命じられた仕事に追われ、唯々諾々と働く自分に段々と違和感を
覚えるようになり、「俺はここで何をしているんだろう」とふと思う瞬間が
度重なったとき、彼はその心の重さに堪えきれずに退職。未だどこかで
「ハリウッド」を引きずっている自分を苦々しく感じつつ、それに替わる
「何か」を探しあぐねる毎日。

 そうこうしているうちに 失業保険も切れ、生活に追われるようにまた
就職をする。そんなことを数回繰り返し、今はアルバイトで食いつなぐ生活。
最近は映画の仕事もそれ程やりたいのかどうか分からなくなってきた。
ただ有名になりたかっただけなのかもしれない、とも思えてくる。
「本当にやりたければどんなに苦しくても妥協せずに自分を貫けた筈だし、
何とかして作品の一本も作っているのだろうけど、自分は全くそれも
しなかった・・・」と自嘲的に語る彼の胸中には、「俺はこんなもんじゃない」
という思いと、「俺は駄目な奴だ」という思いが激しく交錯しているのでしょう。
益々混沌としてくる思考のなかで、彼はどこへも踏み出せずに立ち尽くして
いるようです。

 こんな話を聴くと、思い浮かぶのが「山月記(さんげつき)」です。
高校の国語の教科書の多くに載っている、中島敦という夭逝した
小説家によって書かれた短編小説です。有名な人気教材で、未だに
「高校生の好きな教材ベスト1」の地位を保っていると聞きます。

 この小説は、清朝の説話集「唐人説薈」中の「人虎伝」を元にした
物語で、唐の時代の隴西の李徴という男が主人公です。かつての郷里の
秀才だった彼は、狷介で自負心が高く、下級役人である自らの身分に
満足しきれずに、職について間もなく退いてしまい、詩人として名を
なそうとひたすら詩作に耽ります。しかし文名は容易に揚がらず、
生活が日を追って苦しくなり、数年後遂に貧窮に絶えず妻子の衣食の
ために地方官吏の職につきます。しかしかつての同輩が皆遥か高位に
出世して、昔「鈍物」と歯牙にもかけなかった連中の下名を拝さねば
ならぬことに堪えきれずに、公用で汝水に宿した際に発狂し、そのまま
山へ消え、行方知れずとなってしまいました。
 
 一年後、彼の旧友袁参《※略字》は旅の途中で虎となった李徴と邂逅します。
李徴は詩業への執着ゆえに人の精神や姿を失って虎に変身した己を省み、
なお執着を捨てきれぬ悲哀を友に述懐するのですが、その一節にこんな
言葉があります。

 「何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように
依れば、思い当ることが全然ないでもない。人間であった時、己は努めて
人との交《まじわり》を避けた。人々は己を倨傲《きょごう》だ、尊大だといった。
実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。
勿論、曾ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。
しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を
成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に
努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも
潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。
己の珠に非ざることを惧《おそ》れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、
己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々《ろくろく》として瓦に伍することも
出来なかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚《ざんい》とに
よって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は
誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、
この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。これが己を損い、妻子を苦しめ、
友人を傷つけ、果ては、己の外形をかくの如く、内心にふさわしいものに変えて
了ったのだ。」

 こうして読み返してみると、難しい漢字だらけでいかにも読みにくそうな
この小説が、何故高校生の間に絶大な人気があるのかが分かるような
気がします。 私は昔私塾を開いていたことがあり、生徒達と何回もこの
「山月記」を読みましたが、その当時は今以上のバンドブームで、男の子達の
多くがミュージシャンになることに憧れ、受験勉強などそっちのけでギターを
かき鳴らしていました。このまま夢を貫きたい自分と、それには厳しすぎる
現実との間で悩み、俺は他のやつとは違うという自負心と、その自負心を
叩きのめされてしまう怖さとの間で揺れながら、彼らには既に自分が何を
選ぶかが分かっていました。どうしても「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」を
捨てきれぬ自分への苦い思いを李徴の境遇に重ね、それ故虎になって
しまった李徴の哀切極まる独白に心を捉えられるのではないでしょうか。
 
 「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」が織り成す「過剰な自意識」は、
謂わば青年期の心情の特徴でもあります。この物語の悲惨さは、李徴が
青年期を過ぎてもその自意識をずっと捨て切れなかったところにあると
私は思います。ありのままの自分を受け入れ、人を見下すことで自分を
支えることを手放し、他者との比較で自分を価値づけることの虚しさに
気づいていければ、必ずや心のなかの「猛獣」は姿を消し、自分を活かす
エネルギーの泉に変わることでしょう。冒頭の事例の青年も、そうした
成熟への道を歩んでいくことを願いつつ、今はまだ払拭しきれぬ
彼の心中の苦さとじっくりつき合おうと思っています。

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2008年11月10日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

脳のクセ

 今日は久々のオフでした。
朝寝をして、ウォーキングをして、シャワーを浴びて、
冬物の入れ替えをしたりしていたら、短い日はあっという間に
暮れてしまいました。

 こういう日は思考も行動もまとまりがなく、ブログを書くには
最悪の脳環境です。「参ったなぁ・・・」と思いつつ、今日生協から
届いたADHD(注意欠陥・多動性障害)に関する本をパラパラと
眺めていたら、「脳のクセ」という言葉が目に止まりました。

 この本は、ADHD専門のクリニックを開いている櫻井公子さん
という精神科医が書かれたものです。何でも「初診10年待ち」
とのことで、その道では研究家として知られる方のようです。

 その櫻井さんによると、「ADHDは『病気』ではなく、アメリカでは
『脳の個性』とか『脳の働き方のクセ』と呼ばれている」とのことです。

 これって私が以前ブログに書いた「障害は個性」ってことと
通じるのかしらね。いや、「個性」と「クセ」ってちょっとニュアンス
違うんじゃない?少し前に「うつ病は心の風邪」なんていう言い方
が流行ったことがあったけど、そんな感じなのかな?ともかくも
「それほど奇異なことでも大変なことではないんですよ」ということを、
強調したいんだろうけど、こんなに単純な言い方をしちゃって
いいのかなぁ・・・。

 まぁ、脳環境が良くないときの私の思考はこんなもんです。
因みに私には「咄嗟には左右がわからない」というLD(学習障害)
的なところがありますが、これは「個性」か「クセ」か?やはり
れっきとした「障害」のように思える・・・けど「クセ」って言われりゃ
そんな感じもしてくる。

 この本に載っているADHDの「脳のクセ」は、結構自分に覚えの
あることも多いのです。例えば「常に洪水のように押し寄せる仕事に
かまけて、やるべき何事も土壇場にならないと手がつけられない」
というのは、ADHDの脳が「狩猟型」で、目の前のものしか見えなく
なってしまう、という「クセ」のせいらしい。目の前にやってくる獲物
ばかりに気を取られて、その他のことはお留守になる。結果的に
遠くにあることは目の前に来るまで放っておく、ということになって
しまう。これってスイマーさんにもない?

 それに前頭葉機能の低下のせいで、「動き出すことが困難」の
うえに、「動き出した後止まることが困難」という性質があるのだそう。
だから朝は苦手で夜は頭が冴えまくり、遅くまで活動してしまう
「夜行性」の人が多いとのこと。これなどまさに私にぴったり。

 また、ADHDタイプの人は、睡眠障害や季節性うつ病などの
合併が見られることも多いと言います。冬が近づいて日照が
減ってくると、気力がなくなり行動できなくなる。これって男Nよね。

 こんな風に読んでいくと、「ADHD、みんなそうなら怖くない」ってな
感じになりますね。そういえば、ひろみんもこの間のブログで自分の
脳について書いてたよね。あれを読んで私も「ゆめ枕」のカバーを
見直してみたら、やっぱり縦横逆にしていたらしい。私ははずれる
ことはなかったけど、どうもカバーがくるくる回って納まらないなあ、
って思ってた。かけなおしたらきちんと納まりました・・・ということは、
ひろみんと私の脳も一部共通項があるってことですね・・・ということは、
ひろみんもめでたくADHDの仲間入り?いや、おめでとうございます。

 どうも脳環境が悪いときは「クセ」も強く出やすいようで・・・。
櫻井先生のおっしゃるように、「できないことを受け入れて、
できることをしていく」ことで、少しでも改善を図りたいと思います。



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2008年11月03日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

想像は体験に如かず

 行ってきました、福生の合宿研修(こちらを参照)。
帰宅して一日をおいた今日になっても、まだ余韻さめやらぬ
気分でこれを書いています。この実感を言葉にするためには、
もう少し時間が欲しいような気もするのですが、今日はとりあえず
体験記録風にまとめてみようと思います。

 初日の10月30日は、午前中にいろいろ仕事を済ませ、
浮かない顔の男Nと福生駅で落ち合い、現地に到着したのが
午後2時過ぎ。事務を取り仕切っている工藤理事長夫人の
説明を受け、館内の設備を見せて頂きました。

 夫人の話によれば、3年前にここを建てる前は、自宅の他に
近所のマンションを借り上げて宿泊施設にしていたそうですが、
莫大な賃貸料がかかるので、地元のメインバンクの勧めもあり、
思い切って5億を投じて建設に踏み切ったとのこと。
補助金などは一切貰っていないとおっしゃってました。

 現在居室は65室、2階と3階を男性が使っています。1階には
事務所や食堂がありますが、その奥の5室が女性用として使われて
います。今までは殆どが男性だったけれど、最近は女性の対象者も
増えてきているということで、受け入れを始めているのだそうです。
女性や高齢者を受け入れる施設は全国にも稀だとのことでした。

 まず驚いたのは居室を含めた設備の完璧さと使用ルールの自由さ
です。各階には浴室、シャワー室、トイレ、乾燥機つき洗濯機が完備、
24時間使用OKで、エアコンと換気扇つきの各部屋にはコンセントが
6個もあり、消灯時刻もない。テレビやパソコンを持ち込めば、自分
だけの城を作っていくらでも閉じこもれそうな感じです。

081101fussaryou2.jpg081101fussaryou3.jpg

 工藤理事長のこわもて風な印象から、規律に縛られた集団生活
を予測して、浮かない顔になっていたらしい男Nも、部屋に落ち着いて
気の抜けたような顔をしている。「ここなら心ゆくまで閉じこもれるなぁ・・・」
と、でももう一つ納得がいかないみたい。私もそれは同じ。「引きこもりから
の脱却を目指しているのに、こんなに引きこもるのに最適な状況をつくって
どうする?!」といった感じでした。

 さてその日は3時過ぎからの「絵画教室」に参加して、好きに絵を
描いたり、習字を練習したり、1時間半くらいの間を楽しく過ごしました。
参加者は私たちを除けばほんの数名。先生も特に指導せず請われた
ときだけ教えるスタイル。びっくりしたのはその中にもの凄く絵の巧い
メンバーが男女一人ずついたこと。男性の方は自分の絵をPCに
取り込んでカレンダーを作ったとのことで、それも見せてもらいました。
女性の絵は独特の雰囲気を持つ魅力的な絵でした。

 初日のカリキュラムはこれであっけなく終了。後は食事をして寝る
だけです。夕食の時間も午後6時〜9時と長い。皆それぞれ好きな
時間に来て、並んでいるご飯やおかずの中から、好きなものを
好きなだけ取って食べる。そそくさと来て、そそくさと帰ってしまう人、
誰とも目を合わさず、時間をかけて一人の世界でゆっくりと食べる人、
ペースはまちまち。食堂の一角にある休憩所にはゲームをしたり
マンガを読んでいるメンバーが何人か。

 「できるだけ入居者に話しかけてください」という夫人の言葉を思い出し、
何人かにトライしてみたけど、彼らにしてみれば私たちは異物のような
侵入者。やっと返事はしてくれるものの、怯えた表情になるのを見ると
余り無頓着に話しかけるのもはばかられ、、早めに部屋に引き上げて
長〜い夜を過ごしました。

 さて2日目の夜は明けて、朝食の後は8時半から朝礼。これには
殆どのメンバーが出てくるのだろうという私の予想は見事にはずれ、
職員の他に姿を見せたのはほんの5〜6名。点呼もなく、出てきた人を
職員が名簿にチェックするだけ。皆勤賞はあるというけど、ペナルティー
は特にない。引き続いて行う館内の掃除、そして「エコ作業」と呼ばれる
資源ごみの分別作業も全てこの朝礼に出てきたメンバーでこなすのです。

 私は掃除のあと、職員さんの運転するトラックに同乗して、女性の
メンバーと3人で回収作業を手伝いました。帰って来ると分別作業です。
アルミ缶をつぶし、ステイール缶と分けて袋に詰める作業ですが、これが
なかなかきついのですね。中身をきちんと捨てていないものも多く、作業所
は魚のはらわたみたいな匂いが充満する。その中で途方もない量の缶の
山と格闘しました。メンバーは皆それぞれのペースで作業をしています。
しゃがみこんで黙々とビンに残った液体を捨て続ける人。ペットボトルを
踏みつけて潰す人。ただ独り言を言うだけの人もいました。

 さすがに11時過ぎに音を上げた私を尻目に、男Nはみっちり正午まで
作業を続けていました。このときばかりは掛け値なしに「偉い!」と思い
ましたね。作業を終えて昼食を取る男Nがちょっとまぶしく見えました。

 午後はサボりを決め込もうと部屋に引きこもっていたのですが、
トイレに降りて行ったところを職員さんにつかまって、「午後からも
よろしいですか?」と尋ねられ、思わず「はい」と答えてしまった私。
男Nは私よりあてにされて、いつの間にか作業に加わっていました。
午後もほぼ午前中と同じ少ないメンバー。職員の方が多いくらいでした。

 缶を潰すには握力が限界になってしまったのでそこは男Nに任せ、
私はペットボトルを踏み潰す作業をしました。これがまた結構大変で、
踏み潰すごとに僅かにボトルに残っている汁が出て床がべとべとに濡れ、
その飛沫で靴が無残に汚れていきます。一段落したところで、大量の
ダンボールをトラックに積み込むのを、若い男性が一人で黙々とやって
いたのでそれを手伝いました。トラックの荷台の方には職員さんがいて、
私たちが運んだのをびっちりと隙間なく積んでいく。潰していないのも
結構あって、トラック一杯のダンボールを積み込むのにおよそ1時間。
3時までやってへとへとになりました。

 終わる頃に一人の女性メンバーがやって来ました。「ヨガ教室に
出たいから時間がない」と言いつつ、初めて作業場に来たという
彼女は、新聞の山をちょっと片付けただけでしたが、これって
すごいことなんだろうな、と思いました。

 何故なら、作業に出るか出ないかは全て自主性に任されている
からです。やりたくなければいつまでも出てこなくても誰も咎めたり
しません。実際食堂の椅子に座って、ぼんやりと作業を窓越しに
眺めている人たちも何人かいましたし、大半は部屋に引きこもって
いるようでした。何しろ片方には引きこもるには最適な環境が整え
られているのですから。

 私たちが体験した作業は、謂わば社会の末端の仕事です。
きついし汚いし、注意深くやらないと怪我をする恐れもある。しかし
それを自主的に出てきてやる人たちがいる。それも昨日まで
引きこもっていた人たちが。進んでやりたいような作業では決して
ないけれど、しかしやる人がいなければ今声高に叫ばれている
「エコ」は成就しない。分別して出せばもう自分の責任ではないと
誰もが思っているだろう、そんなゴミの山の最後の始末を、汚臭に
まみれて自主的にやること、当人たちがそれを自覚しているか否か
に関わらず、そのことの意味は計り知れない、と思います。

 「アウトリーチ」とは「待てない」アプローチだ、という私のイメージは、
この体験で見事に覆されました。ここでは何の強制も規則もなく、
ただただ彼らが自主的に作業に加わってくるのを「待つ」だけです。
どのくらいかかるか、可能性はあるのか、といったことは個々に
違うのでしょうが、ここではそれは問われません。全ての人に
可能性を見て、それを信じているからでしょう。その姿勢は、
先日の工藤理事長との対談で斎藤環氏がいみじくも言っていた
「全ての人には伸びていこうとするエネルギーが眠っている、私は
それが自発的に出てくるのを待っている」という言葉とぴったり
重なります。

 この作業は多分計算されたものではなく、誰もやりたがらない
仕事だからここに委託された、というものだと思います。図らずも
それが自発性を強固に育てる手段として見事な実効性を発揮して
いる、ということに感嘆せずにはいられませんでした。

 翌日の朝、たった1日であかぎれができた指にクリームを擦り込み、
魚の腐ったような匂いが染み付いた衣服を鞄に詰め、ぐちょぐちょに
なった靴をはいて、来たときとは別人のような晴れやかな顔をした
男Nとともに帰途につきました。これほどの貴重な体験は滅多に
あるものではありません。ここに書いたことの他にも、まだまだお伝え
したいことはあるのですが、今日はこの辺にして、明日の男Nの
ブログに譲りたいと思います。

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2008年10月27日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「正解」はないけれど…

 昨日は福生の青少年自立援助センターで
文化祭をやるというので、CSNメンバーとともに
遊びに行ってきました。

 ここは、現在私と男Nが東京都の青少年支援事業
の一つである「訪問支援員養成講座」(こちらを参照)
を受けているところです。第1回目の講座の折に今日
の案内があり、かの斎藤環医師がお越しになるとの
ことだったので、興味津々、勇んで出かけて参りました。

 斎藤先生はこのセンターの工藤理事長と親交が
あるようで、この日は午後から氏による「NPO法人
設立10周年記念講演」と、工藤理事長との「記念
ディスカッション」いうイベントが組まれていました。

 斎藤先生はよくメディアにもご登場なさいますが、
ナマ斎藤は何年か前の精神保健セミナーでの講演
以来久しぶりです。それもいつも何百人かの聴衆
越しに遠く拝見するだけだったので、今回のように
間近でお目にかかれ、その上懇親会で言葉まで
交わすことができたのは、何とも嬉しいことでした。

 この日の先生の講演は主に「引きこもりの今後」と
いうような内容でした。「引きこもり」の若者たちが
徐々に高齢化しつつあり、それにつれて親のほうも
老齢化して、今までのように彼らを養っていけなく
なっている。あと何年かすればかなりの数に上る
そうした人たちを国が養わざるを得なくなるだろう。
そのときにはきっと世論のバッシングが起きるだろう、
というものです。

 これを先生は「2030年問題」と名づけていましたが、
それではその問題にどう対処するのか、というところで
工藤氏と意見を異にする、ともおっしゃってました。
そのあたりは、この後行われた両氏の「ディスカッション」
でも垣間見られました。

081026hussa1.jpg
 
 斎藤先生は「できるだけ親のすねを食い延ばす
方法を講じていこう」という提言をしていらっしゃる
ようで、ご自分のシンポジュームにフィナンシャル
プランナーを呼んで、具体的な資産の計算まで
してもらうとのことです。それに対して工藤氏の方は、
一人でも多くの引きこもりを自立させようと奮闘して
いる。精神科医とNPO理事長という立場の違い以上に
そのスタンスの違いは大きいように思えました。

 このスタンスの違いはどこからくるかというと、
やはり斎藤先生は「自発性に勝るものなし」という
思いを強く持っていて、「本人の意思ができるまで
待つのが大事」というのに対して、工藤氏は「待って
いたってどうにもならない。力を貸してでもそれを
引き出してやるのが最も効果的だ」という経験的信念
を固持しているところでしょう。

 といっても、両氏が口角泡を飛ばして喧々諤々
論じ合ったわけではありません。口角泡を飛ばして
いたのは専ら工藤氏の方で、斎藤先生は時折
ぼそぼそと口を差し挟むだけ、といった態で、あまり
「ディスカッション」という感じはありませんでした。

 質疑応答の時間に、「出てこないならこちらから
行くという考え方には違和感を感じる。斎藤先生が
おっしゃたように『待つ』というのも大事なんじゃ
ないか」と私が質問したときも、工藤氏はすごい
勢いで反論してこられました。いやぁ、これじゃ
斎藤先生が真っ向から立ち向かおうとしないのも
むべなるかな・・・という感じでした。

 この「ディスカッション」に引き続き行われた懇親会
では、「怖い」としり込みする男Nを引っ張って、工藤氏
の前に座り、再チャレンジしてみました。いみじくも
斎藤先生が講演中に讃えておられたように、「人が
死ななきゃ金を出そうとしない国から、これといった
事件もなしに予算を分捕る手腕」と、それを持つに
至るまでの膨大な闘いの道のりを感じさせるその
自信に満ちた語り口には、私の細々としたこだわりなど
吹き散らされてしまいそうな勢いがありました。

081026hussa2.jpg
 
 因みにかの「育て上げネット」の統帥、工藤啓氏は
ご子息とのこと。「あいつは反面教師」とかおっしゃり
ながら、親子揃って億単位の金が回るNPOを統率し、
国の施策を動かすその手腕とエネルギーには脱帽と
いうしかありません。

 今週末は男Nとともに「訪問支援員」の合宿研修
で、このセンターに泊り込みます。「違和感」は消えぬ
ままでの研修になりそうですが、吹けば飛ぶよな
小船の船頭としては、「胸を借りる」つもりで、楽しく
学んで来るつもりです。

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2008年10月20日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「メッセージ」よ再び!

 昨日のブログでA子さんが残念がっていましたが、
先週末の土日は、NPO事業サポートセンター主催の
「NPOまつり2008」に参加しました。その様子は
NPO活動カレンダー」にアップしておりますので
ご覧ください。

 会場の代々木公園には野外ステージがあり、
そこでは音楽関係の団体を中心に終日何らかの
催しものが行われていました。私たちのブースは
ステージの傍にあったので、様々な音や演奏が
いつも耳に届いていたのですが、こちらも自分達の
催事で忙しく、殆どは意識にものせずに聞き流して
しまっていました。

 その中でふっと意識に入ってくる歌があったのです。
それは去年のNPOまつりでも聞いた覚えのあるもの
でした。今年は初日の口開けのステージだったので、
まだお客さんも少なく、去年よりもはっきりと聞こえて
きました。

 「おれたちはせんせいにいじめられた、
  ようごがっこうのせんせいにいじめられた
  うごきがのろいってけられた
  こんなのもできないのってなぐられた・・・」


 ステージに目を向けると、チンドン屋風な派手な
衣装をまとった一群の若者たちが、チンドン屋風な
演奏にのって、チンドン屋風に踊りながら、歌詞の
悲惨さとは裏腹に至極陽気な調子で歌っていました。
ステージのプログラムを見てみると、「虹の会」と
ありました。

 「きゅうしょくをくうなっていわれた
  きょうしつにいなくてもいいといわれた
  あのせんせいはおれたちのこと
  たすけてはくれなかった
  どうせなんにもわからないって
  しょうがいがあるだけでばかあつかい
  おれたちはせんせいにいじめられた・・・」


 いやぁ、すごいメッセージ性ですねぇ。そういえば
ステージの前に真っ赤な衣装に白塗り化粧の女性が
歌詞カードを各ブースに配ってたっけ、と思い出して
それを改めて広げてみると、面白い歌が沢山載って
ました。

 「もっともっともっともっときゅうりょうがほしい・・・
  いまよりもっときゅうりょうがほしい
  けいたいかってデートにいきたい
  あそびにいきたいおだいばはちのへ
  あくじにてをそめるそのまえに

  まいにちやすまずちこくもしないでいらっしゃーいませませ
  そうじもいっぱいせんでんいっぱいいらっしゃーい
  もっともっともっともっときゅうりょうがほしい・・・
  いまよりもっときゅうりょうがほしい
  みんなとゆうはんからおけもいきたい
  ひとりぐらしもしたいから
  いまよりもっとしごとをがんばるぞ

  しなものならべてのぼりをあげていらっしゃーいませませ
  きょうもげんきにおきゃくさんいらっしゃーい」


 この歌のタイトルは「かねもちになりたい」。
中島みゆきの「狼になりたい」を連想しちゃいました。

 この頃はこんなにメッセージ性のある歌は
メジャーではとんと聞かれなくなってしまいましたが、
フリーターやワーキングプアーの話などを聞くと、
私なんぞは岡林信康の「山谷ブルース」が思わず
口をついて出ちゃったりします。

 「きょうの〜しごとはつらかった〜
  あ〜とはしょうちゅう〜をあおるだけ〜
  どうせ〜どうせさんやのたちんぼう〜
  ほ〜かにするこ〜とありゃしねえ〜」


 岡林といえば、先日NHKで36年ぶり日比谷野音
コンサートを放送していましたが、還暦を過ぎた彼の
音楽はがらりと様変わりして、往年の泥臭いメッセージ
フォークから民謡調のお囃子と掛け声を多用した
民族歌謡っぽいものになっていました。36年の長い
苦悩の末に、ようやく「フォークの神様」は、音楽による
「メッセージ性」の限界と虚しさの壁を突き破ったように
感じました。

 それでも70年代は、岡林を筆頭に沢山のメッセージ
ソングが若者たちの熱狂的な支持を受けた時代でも
あります。男Nの好きな(かなりんも好きです)拓郎の
「イメージの詩」などは、そのなかでも秀逸ですね。
時代を超えて生き続けるにふさわしい名曲だと思います。

 これほどに若者たちの悲惨な状況が取りざたされる
今こそ、70年を凌ぐ過激なメッセージソングが生まれて
もいいはずなのに、そんな気配はありませんね。
相変わらず愛だの恋だのの歌ばかり。
確かに下手に手を出せば、岡林のように40年近くも
苦悩することになりかねない。それによほどのセンス
がないと、「メッセージ性」というのは野暮ったくてうざい
ものになってしまいますからね。

 それでも私は、たとえ野暮ったくてうざくても、果敢に
そういう音楽に挑戦する若者が出てくることを期待して
いるのです。来年の「NPOまつり」でも「虹の会」の
陽気で過激なメッセージソングが聞けることを楽しみに
したいと思います。

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posted by CSNメンバー at 20:34 | Comment(2) | TrackBack(0)
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