2011年03月11日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

これからが大変

 今日は夕方からカウンセリングがあるから、
今のうちにブログを書いておこうとパソコンをあけた
ちょうどそのとき、きましたね、グラグラ〜ッと。 

 まるで時化の海にもまれる船の中にいるみたいに
ギシギシと音をたててそこらじゅうのものが揺れた。
二階のことが気になったけど、椅子に座ったまま
とにかく治まるのを待った。後から聞くと30秒〜1分
ということだけど、果てしなく長い長い時でした。

 階下は揺れの割りに大した被害はなかったけど、
家のすぐ前の電柱が今にも倒れそうに傾いてた。
ウワ、危ない!さっき東電の人が来て直してたから、
一安心。

 二階もさほどのことはなかったけど、あちこちで
物が落っこちてて、随分前の新潟地震のときのことを
思い出した。あのときもこんな風にいろいろな物が
落下したっけ。風呂場の脱衣所の石鹸とかシャンプー
が入れてある三段の引き出しがひっくり返り、寝室の
本棚の本がベッドの上に散乱。場所もあのときと同じだ。

 それでもこのくらいで済んで本当に良かった。
NZのような直下型だったら、一瞬にして瓦礫の下
だったかもしれない。

 今でも船酔いしたような気分が続いている。
ときどき来る余震も気持ち悪い。5時半からの予定
だったクライエントさんも来ない。電話も通じない。
さっきやっと「縁」につながって無事を確認できて
ほっとしたところ。でも交通機関は軒並み止まってるし、
大津波が来そうだし、まだ余震があるかもしれないし、
手放しで安心はできませんね。

  ところで今日は何を書こうとしてたんだっけ?
そうそう、期限の近づいた確定申告に追われている
話だった。地震で吹っ飛んじゃったけど、確定申告
そのものは吹っ飛ばないところが悩ましい。
さて、仕方がないから気を落ち着けて、これから
取りかかるとしましょうか。


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2011年03月04日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「不肖かなりん、IQ=??」

 このところ「カンニング事件」が世間を賑わわせて
いるけど、そういえば昔「カンニング大作戦」っていう
映画あったな、と思い出して調べてみたら、何とフランス
映画だった。原題は「ザ・カンニング IQ=0」。
80年公開。不肖かなりん、ちゃんと映画館でみたんだ
もんね。

 フランスには大学に入るのにかの有名な「バカレロア試験」
というのがあって、どうしてもそれを突破しなきゃならなく
なった落ちこぼれ学生たちがあの手この手で繰り広げる
カンニングの数々。 今みたいにハイテクなツールがなかった
頃だけど、チームワークで様々な仕掛けをこらし、見事大成功!
というような話だったと思う。ドタバタ喜劇調で結構面白かった。
フランスを代表する俳優、ダニエル・オートゥイユが出てたのよね。

 日経のコメントでも誰かが言ってたけど、中国科挙の昔から
試験にはカンニングがつきもの。その時代時代でみんな頭を
しぼってきたのよね。私の学生時代には米粒みたいな字で
書いた紙(カンニングペーパー略してカンペって呼んでた)を
細く折りたたんで腕時計の下に潜ませるとか、今から見ると
ほんとローテクだけど、見つかりそうになったらその紙を
食べちゃうなんて猛者もいた。

 不肖かなりん、我思うに、カンニングと浮気は絶対
見つからないようにやるのが鉄則。ハイテクのツールの
方が足がつきやすいっていうのは皮肉なもんだけど、
まあ携帯食べるわけにもいかないしね。

 しかしまたここで不肖かなりん思うに、このめざましい
携帯機器発達の今、カンニングのやりようはいくらでも
あるんじゃなかろうか?昔の映画みたいに大変な仕掛けを
つくらなくたって、ひょいひょいってできちゃうんじゃ
ないか?今回はヤフーのサイトとかに投稿したから
ばれちゃったんであって、結構ばれずに成功している例も
多いんじゃないか?

 だとすると入試なんてものも意味がなくなるねえ。
今回のことで当局も色々策は巡らそうとするであろうが、
ウイルスと同じで、それを上回る技を次々駆使されたら
結局はいたちごっこだし。中国にはカンニングを請け負う
会社まであるっていう話だしね。そしたらどんなに
監視を厳しくしたって追いつきゃしない、ってことに
なるんじゃなかろうか。

 そこで不肖かなりんまたまた思うに、いっそのこと
入試なんてどんどん意味がなくなって、東大も京大も
ステータスが地に落ちて、そのうち入試なんてなくなりゃ
いいのにね。「そのかわり出るのはきついよ」ってことに
しときゃ、問題ないわけでしょ。

 「カンニング大作戦」は、世の中から相手にされない
落ちこぼれたちが、体制や権威に立ち向かい、一泡吹かせて
やるところが痛快だったのよね。「非合法の手段」というのは、
そういう風に使ってこそ面白い。まあ、現実にはなかなか
そうはいかないだろうけどね。

 それにしても最近の大学は、将来の身過ぎ世過ぎのための
ブランドと化した感があるね。そのうちそのブランドを
金で買おうという輩も出てくるに違いない(もう出てきてる
かもしれない!?)。であるからして不肖かなりん、最後に
言いたい。カンニングくらいでおたおたしてないで、肝心の
中身のことをもっと真剣に考えた方がいいんじゃない?


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2011年02月24日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

月変わりの後遺症

 ここ数日は、毎月恒例レポート地獄の真っ最中である。
勢いブログを書くのはぎりぎりになり、こうして書き始めても
頭の中は今月のお題の一つである「更生保護制度」で一杯の状態。

 先日のTVに今やすっかりお馴染みのマイケル・サンデル教授が
出ていて、前に並んでいるタレントや政治家たちに「拉致被害者の
居所を知っている北朝鮮のスパイを捕らえたとき、拷問してその
居場所を聞き出すのは是か非か」という問いを出していた。賛否両論
分かれるなかで、政治家の一人が「拉致被害者を助けるためには
拷問もやむなし」と発言し、対して何をしている人かは知らないが
タレントと思しき男性が「いかなる場合であっても基本的人権が
最優先されるという前提は覆されるべきではない」と意見を述べた。

 これって政治家にこそ言って欲しい言葉じゃん。
どんな考え方も絶対に正しいとは言えないし、絶対に間違いだ
とも言えない。サンデル教授はそう言うが、そしてそれは確かに
そうなんではあるが、でもね、いやしくも民主国の政治家として
「拷問やむなし」の発言はどうなのよ。そういう思想を抱いて
政治家面しているそいつを、少なくとも私は深く軽蔑する。

 しかしそういう私だって家族が拉致されていたら、「拷問でも
何でもして聞きだせ!」と喚くかもしれない。自分が被害者だったら
人権もクソモあったもんじゃなくなるかもしれない。それでも
胸を切り裂くような苦渋に耐えて「いかなる場合も人権が最優先」
と言えりゃ本物。たかだかTVの番組でそう言ったからといって、
いざとなれば人間どうなるかわかりゃしない。思想なんぞという
代物はいつもそうした脆さと背中合わせだ。

 だけどさ、個人的には何の切迫した事情もない状況下でさえ
「拷問やむなし」と発言する政治家なんて、「私にはその程度の
思想しかありません」ということを露呈しているようなもんじゃない。
高邁な思想を口にしてりゃいいってもんでもないけど、でも思想とは
言葉だ。言葉はときに他者をも自分をも裏切るが、口にもしない奴は
その裏切りの苦々しさを味わうことさえない。

 …とつらつら書き連ねて、これ全て現在ただ今私の頭を占拠中の
「更生保護制度」による後遺症だと思い当たる。残りあと8ヶ月。
まだまだそのときどきのこうした症状からは逃れられそうもない。


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2011年02月18日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

ココロのお部屋のおもちゃ箱

 思い起こせばもうン十年も前の若い頃は、
私のココロのお部屋には何だかわけのわからないものが
あちこちに飛び散っていた。とりあえずひとところに
まとめてはみるのだが、気がつけばまたぞろ散乱状態。
そんなことがよくあった。

 バカヤローナメンジャネエヨコノイモヤロウガ
 ココデデカイカオスルノハヒャクネンハヤインダヨ

 くわえタバコで渋谷の街を闊歩しながら、からかい
かけてくる男の子たちに胸の中で毒づいた。眉をひそめて
非難めいた眼差しを向ける女の子たちとは口をきく気にも
なれなかった。

 クチベニヌッタクッタバカオンナナンゾトマトモニ
 ナンカツキアエルカヨ

 全身ヤイバ状態だったあの頃。ものすごく沢山人を傷つけて、
ものすごく沢山傷ついた。はね返し、けっとばしては痛みに
顔を歪めつつ誰彼かまわず噛みついた。まるで野良犬。所詮
世間は全て敵。ココロのお部屋に何かが一つ、また一つと
増えていく。苦しかった。もて余した。

 カウンセリングを勉強している途中でフォーカシングという
技法に出会い、そこで私はココロのお部屋に整理箱を持ち込んだ。
はじめの頃は余りうまくいかなかったが、段々にそのイメージが
はっきりしてきた。散乱しているものは少しずつその箱の中に
納められていった。

 今ときどきその箱を開けてみると、中にあるものの正体が
見える。それは全部C(「子ども」)のおもちゃ。ひっくり返して
みても一緒に遊んでくれる人はそうはいない。それでもたまには
全部ぶちまけてみたくなるときがある。


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2011年02月11日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

懐かしい名前

 社会福祉士通信講座。
今月のお題は「就労支援サービス」。
そのテキストの執筆者リストに知っている名前を見つけた。
事例提供者として掲載されているNMさん。
 
 以前セスクの高瀬研究室で彼女のカウンセリングを
担当したことがある。その当時はセスクの下級生で
まだうら若い女性だったたけど、今や障害者就労支援機関の
センター長になっておられる。あの当時は職安の相談員を
務めていらした。

 福祉の道をまっしぐらに歩んで成果を積んで、
こうして第一線で活躍している彼女に、あの後どれほどの
苦難があったことだろう、とちょっとジンとしてしまった。

 キャリアを積むということは、並大抵のことではない。
久しぶりに彼女に会ってそのあたりの話をきいてみたくなった。
他にもいろいろ勉強になることもきけそうだし、そのうち
職場に連絡してみようか。
福祉のテキストもたまには現実に役立つことを教えてくれる。


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2011年02月04日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

再びmaさんへ

 先日緊急投稿したmaさんへのコメントの返信が
メールで届いていました。パソコンの不具合で
コメント欄にアップできなかったということでした。

 何回かに分けて書いてくださったのですが、
「そうやって大変な思いをして支援をしている
人たちもいるんですね。」いうことと、弟さんに
対する思い、「クズ」という言葉に対して
「はあ、なに?」と思わず独りごちたこと、でも
それは「 いくばくかの人達がもつ本音なのかも
しれませんね…。」と書いておられました。

 それから弟さんのように引きこもっている人たちに
感じるのは「はがゆさ」のようなものだ、とも
ありました。「それは、もったいないよお 気づいて
くれよお っていうことかなあって思います。」と。

 ある種の人たちが「クズ」という風に見るのは、
それが「国家のリスク」であるとみなすからです。
行政が身を乗り出してきたのも、その「リスク」を
少しでも減らそうという思惑があるからでしょう。
それならその思惑に乗じて何とかさせようという
政治力も必要かも知れません。湯浅誠氏の仕掛けた
「派遣村」にしても、戦略の勝利という面も
あります。NPOなどで社会的に活動をしていく
ということは、そういうことなのだろうと思います。

 しかし彼らと接してみて感じるのは、彼らは
決して「国家のために」活動しているのではないし、
そういう視点から見たら、自分たちも「クズ」で
あることを自覚しているということです。私は
自分のなかに根強い「引きこもり心性」があるので、
そうした人たちと同じ地平に立っていると感じます。
彼らも多分支援する人たちのなかに自分を見ている
のです。そうでなければ身を賭してまでやることは
できないと思います。

 しかしメールのなかでmaさんがいみじくも言って
いるように、クライエントさんたちのなかに
「自分を見る」ということは、感情に巻き込まれたり、
自己陶酔に陥ったりする落とし穴があります。ミクロ
からマクロへと視点を自在に移動させ、事態を俯瞰する
客観性を備えてこそ、有能な活動家であると言えましょう。

 私自身は戦略的な思考とか政治的な動きというのは、
全く苦手です。とても一級の活動家にはなれません。
ただ、国家や社会が押し付けてくる善意めいた策謀
を見極める目は失いたくないですね。自分の立ち位置
だけは揺るがぬよう心しようと思っています。


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2011年01月31日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

【緊急投稿】 maさんのコメントへの返信

 maさま。コメントをありがとうございます。
コメント欄で返そうと思ったのですが、長くなってしまったのと、
コメント欄ではリンクができないみたいなので、記事欄に投稿する
ことにしました。
お読み頂ければ幸いです。

 私が訪問支援に興味をもったのは、福生の自立援助センターに入所して
可能性を開いていった事例が身近にあったからです。引きこもり支援の
難しさはいやというほど感じていましたので、その手法を体験してみたいと
思っていたところに、ちょうど東京都から訪問支援員要請講座の案内がきて、
大変そうではあったのですが男Nと二人でやってみることにしました。

 講義も面白かったのですが、何と言っても刺激的だったのは合宿でした。
以前にブログに書きましたのでお読みになっているかもしれませんが、
その様子はこちらとかこちらとかをご覧ください。

 講義ですごかったのは、佐賀県で思春期の子どもたちの訪問支援をしている
若い男性で、本人は淡々としているのですが、やっていることはまさに命を
削っているとしか思えないことばかり。身を賭して子どもたちとの関係を
築いていく様子は、鳥肌ものでした。

 福生の工藤理事長はちょっと見こわもてで、何故だか気に入られたらしい
男Nは最初はびびっていましたが、研修が終わる頃は結構なついていました。
何億もの私財を投入して何十年も支援を続けているその姿勢や、実際の
センターの様子を見て肝の据わり方が違うと思いました。彼の原点には
70年代の学生運動があるらしく、私に「ところであなたは何派だったの?」
とか聞いてました。

 今回事業説明をした援助センターのKさんは、理事長の後継者と目されて
いる人ですが、彼も昔は引きこもりだったといいます。彼ともう少し若い職員の
Kさんと二人について訪問支援も体験しましたが、この若い方のKさんも独特の
雰囲気をもった人で、引きこもっている人の部屋の扉に向かって優しく根気よく
話しかけるさまは、こんなこと誰にでもできるもんじゃないと思わせるものでした。
私がたまたま知った事例の引きこもりの青年が自立していく過程にも、恐らく
職員である彼との関係が深く関わっていたのだと思います。ここには書けませんが、
そう推測させるエピソードを双方から耳にしました。

 確かに訪問支援は難しい。今のところ手がけている団体は全国でもごく僅かで
しょう。私もおいそれとやろうなどとは思いません。それに「ニート、引きこもりの
話題性に乗って金儲けをしている」というような言い方もよくされます。
でも実際はそんなに甘くはありません。行政からの金が出たのもやっとここ数年の
話です。それも3ヶ月とか半端な補助金でしかなく、そんな短期間で効果など上がる
わけもありません。受託した団体はどこも本当に苦戦していたと聞きます。

 それでも仕掛け人の工藤氏は、「たとえ短期間であろうと行政から金を出させた
ことに意味がある」と言っていました。引きこもりの人たちが全く相手にされなかった
何十年も前から、補助金など何もなくやってきた彼からすれば、本当にそういう感慨が
あったのでしょう。だからあの研修から3年後の今、とにかく1年でも行政が金を出し、
支援団体を募る姿勢を見せたことは、工藤氏たちの働きかけがまた一歩前進したことを
示しています。そういう風に思うと、身の程も忘れて手を上げたい気持ちになります。

 サンプラザの閉鎖のとき、私たちカウンセラーの反発に腹を立てた理事が、
クライアントさんたちを「国家のクズ」と言い放ちました。あのときの悔しさと怒りは
まだ私の胸中に生きています。

                               かなりんより
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