2015年05月27日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

脆弱性3点セット

 人は何故精神を病むのだろうか。
この問いに対しては古代から今まで、
悪魔がとりついたの先祖の祟りだの、
およそ非科学的なものから、気質だの
遺伝だの環境だのといろいろ取沙汰
された時代を経て、どうも今は、
「脆弱性ストレスモデル」というのに
落ち着いたらしい。

 要するに精神疾患というのは、
一つだけの原因で発するもんじゃない、
いろんな要素が混ざり合って発症する
もんだということだ。まあ、器質性とか
外傷性とかいうと話は別なんだろうが、
「内因性」、つまりその人の内側に
原因がある、という甚だ曖昧な病因の
疾患については、「多因子性」だと
いうことで話がついてる(?)んだとさ。

 こんなことを書いているのは、
お察しの通り「精神保健福祉士養成講座」
のテキストを読みまくっているせいで、
とりあえず上記のようなことは今までも
どこかしらで目にしたことがあるのだが、
今回ちょっと目新しかったのは、その
「脆弱性」というのが、概ね認知機能を
指している、と解説してあったからだ。

 ふーん、なるほど!
認知機能が脆弱、即ちA(大人の自我要素)が
弱いってことなわけね。その弱いところに
いろいろとストレスがかかると、精神状態に
異変をきたすってことになるのか。

 精神科医の春日武彦氏は、人間の精神の
アキレス腱は、所詮「こだわり・プライド・
被害者意識」の3つに過ぎない、と言っている。
おゝ、どれもP(親)とC(子ども)の自我機能の
産物じゃないか!確かにちょっと強く触れば
脆くもプツンとキレそうである。「脆弱性
ストレスモデル」に陥らぬためには、強靭な
アキレス腱を鍛える必要がありそうだ。



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2015年05月17日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

そのセリフ、回収不能!

 例えばそこに集まっている人の全てが
頑なに左を向いているところに入っていって
「みんな、右も向いてみたらいいのに!」と
言ってみたらどんなことになるか、それは
重々承知していたのだ。だって遠い昔に
何回も経験済みなんだから。

 頭の悪そうなリーダーが薄笑いを浮かべて
「君、何でそんなこと言うの?」と聞く。
「君は本当のことが分かってないんだ」
みんなが口々に「そうだ、そうだ」と言う。
「君、右なんか見たってろくなことはありゃしないよ」
「見てみなきゃ分かんないじゃん!」
「見なくたって分かるさ。そんなことは決まっているんだ」
 
 セクト部屋で立ち尽くす満身創痍のハタチの私。
「奴らは不純なんだ。そんなことをしたら利用されるだけさ」
そして彼らは叫ぶ。「徹底抗戦だ!」

 50年後に同じことをやってしまうなんて
まあ、なんて私もアホなんだろう。
ハタチのときと違っていたのは、口が勝手に動いて
言葉がポンポンと際限なく飛び出てきたこと。
いってみりゃそれだけ年期が入ったってことだろうか。
でもどこかでしっかり抑制をかけることを忘れないのも年の功。
おかげで昨日から「ものいわぬははらふくるるのわざ」状態。

 久々にサルトルの「汚れた手」を読む。
エドレルの無念。「回収不能!」の科白が
今も新鮮に身に染みる。




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2015年05月12日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

福祉甘いかしょっぱいか

 先日来、精神保健福祉士のテキストを読み進めて
いることは前回も書いた。やっと最初の「精神医学」
を読了、舌をかみそうな薬物名からも解放されて、
さて次である。「精神保健福祉の相談援助」という
中核的なテーマに入った。

 しかしどうものっけからすらすら読めない。
あっちこっちで引っかかる。
「障害は個性なのだ!」とか断言されると、
「えーっ、そうかねえ…」と思ってしまう。
「わが国にの国民には偏見差別が牢固として根づき…」
などと決めつけられると、「おいおい、そりゃ
言い過ぎじゃね?」と突っ込みを入れたくなる。
まあ、それでも何でも読み進めなきゃはじまらない。
ページを繰るうち、何とも極めつけっぽいこんな
文章に出会った。

「孤立から個人を救い出し、地域社会の構成員として
生きる勇気を少しでも共有できるなら、ソーシャル
ワーカーにとってこれほどの生きがいはない」

 …って、思わずゲーッとのけぞった。

 福祉の世界ってこういう人で成り立っているんだ
ねえ、と妙に感心もしてしまった。
労苦をいとわぬ情熱と使命感、頭が下がるまでの努力。
人権無視や差別への憤りつとに激しく、「怒りこそ
行動のエネルギー」と説く。クライエントとの苦悩に
共にかかわる感性がないものは、福祉の仕事に
ふさわしくない、と切って捨てる。

 え?これ、「ソーシャル・インクルージョン」って
いうタイトルがついてるけど、どう読んでも
エクスクルージョンじゃない。インクルージョンを
熱く説きつつ、結果的にエクスクルードしてる。
笑えないこの皮肉。

 福祉はもっともっとおおらかでいい、と私は思う。
そうじゃなければ、私のようないい加減な人間は早晩
排除されてしまうだろう。今福祉に必要なのは、怒りの
エネルギーではなく、FCのもつ自由闊達な活力なのでは
あるまいか。それでこそ実のあるインクルージョンが
実現できるのだと私は思っている。


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2015年05月04日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

連休の過ごし方

 どうも世間がお休みというと、ちょっと
気持ちがだらける。朝から何もせずに
だらだら過ごすのはお正月以来のことだ。
だらだらしようと思えばいくらでもできて
しまう自分が怖い。

 しかし「ゴールデン」とか言ったって、
連休なんてすぐ終わってしまう。だらだら
過ごしていると一日なんてあっという間だ。

 あ、この暇なうちに本を読んでおこう!
昨日のうちにそう思い立ったのは、我ながら上出来。
ソファー脇の棚にずらっと並んでいるのは、つい先日
届いたばかりの精神保健福祉士養成セミナーのテキスト。
今月中にレポートを2本仕上げなきゃならない。
今のうちに読んどきゃ何とかなるだろ。

 それで昨日から丸二日、精神疾患と薬物名に
どっぷりとつかっている。

 まずは「抗精神病薬」から。
クロルプロマジン、ハロペリドール、スルピリド、
リスペリドン、オランザピン、アリピプラゾール、
クエチアピンフマル塩酸塩水和物…

 どれも舌噛みそうな代物ばかり。
ずっと読んでると自分が病気になりそうだ。
そこで傍らに会員さんから借りた玄侑宗久対談集や、
曾野綾子のエッセイや白石一文の小説を置いておき
時々逃げこむ。

 今日は午後からビデオで「告白」を観た。
夜は「睡眠薬」と「抗不安薬」が私を待っている。
これでぐっすり眠れるだろう。


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2015年04月28日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「老い」の代償

 我が96歳になる伯母が危うい。
何が危ういかというと、その精神性である。
あれほど外向きで朗らかだったのが、一変して
被害的で頑なになってしまった。

 原因は、二度目の骨折に引き続き入院した
リハビリ病院の3か月。伯母にしてみれば
箱のなかに閉じ込められて決められたルールを
押しつけられ、不自由の極みの長期間。
周囲の人たちが自分を脅かす存在に見えてきた
としても不思議はない。

 4月の初めに退院してきた伯母は、介護度が
上がったので使えるヘルパーさんも入れず、
配食サービスの弁当もあまり食べずに、一人
暮らしを続けている。誰の説得も受けつけず、
頑として助けを拒む。まあ、それが伯母の
望むところであれば仕方がない。

 人間、いつまでも愛される人柄を保ち続ける
のは至難の技だ。伯母もどこかで無理をしてきた
のかもしれない。いつも人の重荷にならぬように
気を配り、周囲の人々を照らし続けることに疲れて
しまったんじゃないのか。人生の最後にそうした
呪縛から解き放たれて憎たらしくなる。「老いる」
ということにはそういう側面もあるのだろう。


 
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2015年04月21日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

イデオロギーフール

 中学、高校の計6年間、私は特異な環境にいた。
時は1950年末から1960年初めの頃。
所は中高一貫の私立女子校。
ここから70年闘争の全てが始まったと言われる
学校である。

 中学に入った途端に自衛隊についての討論があり、
自衛隊は憲法違反だと刷り込まれ、かの60年安保を
迎えた。高校1年の日本史の授業の教室では、
「がんばろう」や「インターナショナル」の歌声が
鳴り響いた。今考えれば異様である。

 いつの頃からかあれは「洗脳」というものでは
なかったかという疑念がよぎるようになった。
そして「やはりあれは洗脳だった」と思い、「そう
思ったときには洗脳は解けている」と思うまでには
結構長い時間がかかった。私のイデオローグ時代は
なかなか明けなかったのである。

 そのきっかけとなったのが、自らの内にある「感じ」
へのフォーカスであった。それはカウンセリングの
研修途上で出会ったものである。そして私は、それ迄の
ご大層な主張や理念の裏に張り付いている自分の欲求や
怒りや不安を引きはがし、それらを見据えるようになった。
そして「イデオロギ―」というものを殆ど信じなくなった。

 今は「イデオロギー」などと言っても通じないかも
しれない。「信条」とか「思想」とか言い換えたら
いいだろうか。だけどこれらの言葉、何だかやっぱり
響かない。埃をかぶった楽器みたいだ。人も言葉も
「打てば響く」のがかっこいい。



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2015年04月14日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

ワークはジェーンかキャサリンか

 もうかれこれ30年くらいも前のことになろうか。
カウンセリングの勉強途上で、某フェミ系のグループに
参加したことがある。ファシリテーターは40がらみの
女性で割合その世界では名前も知られていた人だった。

 会場に入るや否や、その女性が声をかけてきた。
曰く、「ここではね、皆自分の呼ばれたい名前で
参加するのよ、私はキャサリン、あなたは?」
「別に…」「そう、じゃあ、ジェーンはどう?」
「いえ、本名でいいです」「あら、そう」
随分おしつけがましい人だと思った。

 ワークの参加者は20名くらいだった。
皆キャバレーの源氏名のような名前で自己紹介をした。
本名を名乗ったのは私だけ。それから二人一組になって
渡されたレジュメに書いてあることを読み合うように
言われた。そこには「私には〜する権利があります」と
いう、女性の権利に関する箇条書きの文章が並んでいた。
私は「読みたくない」と拒否した。

 キャサリン先生は、とても心外という口調で、
「エ〜ッ、どうして?」と聞いてきた。私は
「何だか権利という言葉が嫌な感じだから」と答えた。
「あらそう、まあ、翻訳された言葉だからね」と
キャサリン先生。勝手に理屈づけて早々に片づけた。

 そんな若き日のワークでの不全感を今更ながら
思い出したのは、最近女性のグループで講座を
持ったときのことだ。30代くらいのAさんが
職場での育児や産休に関する権利について発言すると、
40代と思しきBさんが「私、権利って言葉嫌いなのよね」
と言ったのである。

 はて、どこかで聞いた言葉じゃないか。
びっくりして黙ってしまったAさんに代わって
私が「あら、どうして?」と尋ねる。
う〜む、デジャブだ、キャサリンだ!

 しかし件のBさんは「何だか嫌い」なんて
昔の私みたいな曖昧なことは言わなかった。
「だってスーパーやコンビニが夜半中営業してて、
宅配の配達時間が1時間刻みで指定できて、約束は
履行されて当然のこの国で、産休が権利だなんて
ほんと、甘いのよね」と彼女は言ったのである。
そして驚くことには、何人かのメンバーが彼女に
同調したのである。

 そのグループは、独身者やシングルマザーが
多いということもあったろう。誰かが「権利」としての
産休をとれば、誰かがその負担を背負うはめになる。
彼女たちはそういう貧乏くじを引かされることが
多かったのだろう。「そんなのは会社の責任、と
居直れるんだったら楽だけどね、でも誰かがやんなきゃ
なんない。産休とるのは、今じゃ権利なんだって
大いばりだからね」とBさんは言った。

 あゝ、今は「何となく嫌い…」なんていう
「感覚」のところにコミットするような、もやっとした
感じは通じないのかも。彼女たちの言い分は分かるし
「権利」への嫌悪感もはっきりしている。
でも皆がキャサリンやジェーンになっちゃったら、
何だかちょっと味気ない。

 これはキャサリンならぬかなりんのワークだ。
さすれば次回は、それぞれの発言の裏にきっと
へばりついているであろう不全感に、できるだけ
コミットしてみようと思う。



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