2012年08月31日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

夏と酸欠面接とナンパの関係

 今日で8月も終わり。
学校の夏休みも終わり。
でも夏はまだまだ終わりじゃない。
残暑は続く〜よ、これからも〜である。

 昨日は小菅にある東京拘置所での仕事。
閑散とした駅前からかんかん照りの道を歩いて10分ほど。
改築されたらしい近代的な外観の高層ビルに辿り着く。
見上げた夏空の向こうに東京スカイツリーが見えた。
ここは、初回面接を行った朝霞警察署より何倍か厳重で、
携帯、電子機器持ち込み禁止。空港にあるような
金属探知装置をくぐり、バッグの中身まで調べられた。

 通された狭い面会室の中はむっとするような暑さ。
空調が全く効いていない。プラスチックの仕切り版の
向こうにクライエントと刑務官。こちら側に私と
アシストしてくれるTカウンセラー。それに弁護士さんの
計5人が座り、何だか酸欠状態になりそうな息苦しさ。

 一回15分と決められている面会時間を、弁護士が
立ち会うという条件で60分に延長して貰ったのは
いいけれど、段々クライエントさんも苦しそうな
表情を見せるし、その隣に座っている年配の刑務官が
太った体を四六時中左右に大きく揺らして、「もう早く
終わってくれ」と言わんばかり。想像以上に劣悪な
シテュエーションだったが、それでも限られた貴重な
機会なので、60分をきっちり使い切った。

 恵比寿に戻るとさすがに疲れて、寿司屋での
一人ごはんの後近くの公園で一服。そろそろ暗くなって
きたので、気を取り直してさあ、帰ろうかと歩きかけたら、
後ろから「もう帰られるんですか?」と男性の声。
振り向くと40〜50代と思しきサラリーマン風の男が、
「ちょっとおしゃべりでもしませんか?」と追い縋ってくる。
これってナンパ?? もっと若いのつかまえろよ!と思いつつ、
「そんな気分じゃないわ」と返すと、「仕事帰り?」と
しつこく追ってくる。「いいえ、ムショ帰り」と答えて
さっさと振り払ったけど、よりによってこんな日に
ナンパに遭うとは、これも何かの因果かしらねえ。



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2012年08月24日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

図書館の使い方

 先月あたりから近くの目黒区民センターにある図書館に通うようになった。
今抱えている諸々の仕事に関連する資料を借り出すためである。

 学生時代は、大学の図書館が休みになると専ら国会図書館まで足を運んだ。
卒論を書く年の夏休みなどは殆ど毎日のように通いつめ、一日中在館した。
何せまだ各家庭にはエアコンもない時代だったから、とにかく無料で涼を取れ、
資料も豊富な図書館はまたとない居場所だったのである。他に公立の図書館が
余りなかったせいもあって、国会図書館は学生たちに大人気で、朝の開館前に
入館を待つ列ができるほどだった。

 当時はコピーなんてものも発達していなかったし、とにかくそこで資料を
ノートに書き写して勉強していたから、一日中いても時間が足りないくらいだった。
私の卒論は殆どが大学の図書館と国会図書館で作成されたのである。

 次に図書館通いが足げしくなったのは、カウンセリングの勉強を始めてからである。
このときは広尾の都立図書館を使った。この頃になると区立の図書館もあちこちに
あったが、専門書は蔵書が少なく、今のようにコンピューターシステムで取り寄せる
などという仕組みもなかったので、蔵書が豊富なところへ出かけていくしかなかった。
都立図書館は貸出を一切せず、手元に残したい資料があれば館内でのコピーに頼るのみ。
それも自動のコピー機が普及しておらず、職員に依頼してとってもらうようになって
いるので、一枚20円という割高な値段だった。それでも私は学生時代のように毎日
通いつめ、一日中資料に張りついて、レポートやら論文やらを仕上げたり、資格試験の
準備をしたりしていた。

 今回がわが人生で3回目の図書館通いである。
私は本は好きだが、普段読む本は借りるのではなく(個人の貸し借りは別にして)、
古本でも買って読む派なので、殆ど図書館とは縁がなく暮らしてきた。
時折必要になる専門書も、かなり高価でも購入して読んだ。
それに職場でもリクエストすれば買ってもらえたし、それほど困ることはなかった。
ところが今回は自分の知りたい課題の本が多岐に渡りすぎ、全部買っていたら
破産しかねない仕儀になってしまったので、やむなく図書館を利用することに
したのである。

 久しぶりの図書館は隔世の感あり…だった。
何もかもがコンピューターで制御され、区内に蔵書がないものは、区外や都立の
図書館から調達して貸し出してくれるシステムが整備されている。
大喜びで資料を検索し、一度に10冊以上もリクエストして、手配を頼んだ。
少し時間はかかるが、入庫したら電話で知らせてくれるという親切さである。

 それで、次から次へと読み漁ったのだが、ハタと困ったことに気づいた。
借りた本には線が引けないし、書きこみもできない。それに、大事なところは
コピーするかノートに書き留めておかないと、返却したら見返すことができない。
まさか本一冊丸ごとコピーするわけにもいかないから、大事そうなところだけを
コピーしたり、ノートにまとめて書き写したり。
これじゃ国会図書館や都立図書館時代とあんまり変わらないじゃない!

 そうこうしているうち返却期日はあっという間に迫ってくるし、
「ご依頼の本が届きましたので×月×日までに取りにおいでください」という連絡は入るし、
結構気忙しい。それに他館から借りた本は、期間の延長も思うようにはできない。
じっくり読みたいと思っても、借りたものではやはりままならない。
仕方がないので、どうしても手元に欲しい本は多少高くても購入することにした。

 どんなに時代が進んでも、やはり図書館から借りる本というのは限界があるのねえ…。
まあ、何十冊も借りた本の中には、大して内容のないものなども混じっていたから、
中身を見極めて購入する本を選定することに使う分にはいいかもしれない。
それと読み捨ててしまっても構わないような本であれば、図書館から借りるのもまた一法。
でも本当に読みたいと思う本は、いかほど高価でも身銭切って買わなきゃだめなんだね、
やっぱり。


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2012年08月17日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

君よ戦いの種を蒔け!

 「表に出ないものを引っぱり出して、たたきつけてやりたい。」
映画「ニッポンの嘘」のポスターに掲げられたこのキャプションは、
90歳の反骨写真家、福島菊次郎氏の言葉である。

 8月15日の終戦記念日に夫を誘って、スクリーン越しにではあるが、
もう一度福島さんに会いに行ってきた。どうしてもこの日に会いたかった、
否、会わずにはいられなかったのである。

 私が生まれたのは終戦直前なので、毎年「戦後××年」の××は
自分の年齢と同じ数である。風化していく戦争の記憶とともに
老いの入り口にさしかかった私の前に、この映画は鮮烈な衝撃をもって
立ち現れた。福島菊次郎という老写真家の存在が、映画を通して
激しく強く我が身を貫いたのである。

 二度目の鑑賞で、その衝撃は深く静かに私の身に染み渡った。
夫と行ったのも良かった。戦争をもろに体験した世代からの
強烈なメッセージは、「戦後」という時代を丸ごと生きた
私たちの世代が引き継がねばならない、という切実な思いを
夫にも共有して欲しかったからである。

 今回は、一度目に買いそびれた福島さんの著書を購入した。
「写らなかった戦後」3部作のうち、最後に書かれた「殺すな、
殺されるな」である。「福島菊次郎遺言集」と銘打たれた
この本は、彼の写真と同様、まさに迫真の戦後の証言集だ。
非人間的な戦争孤児施設、強制連行され、過酷な労働を強いられた
朝鮮人たちへの凄惨な仕打ち、国策の犠牲になった在韓日本人妻や
中国残留孤児に対する実に不誠実な国家の対応、在日朝鮮人の
孤立無援の凄絶な戦い…などなど、どのエピソードも現場に深く
入り込んで渾身のシャッターを切る写真家の、それはもう
写真家の域を超えた人間としての怒りと吐露に満ち満ちている。
買ってきたその晩のうちに、400頁近くの分厚い本を一気に
読み通してしまった。

 「写真家という呼称は、もうこの人には似合わない。いたたまれずに
“現場”から“現場”を渡り歩く人間─それはジャーナリストだ。」
「カメラ毎日」は、福島さんをこう評している。
「僕が天皇や戦争を憎むのは思想領域からではない。」と福島さんは
言う。それは人間扱いされぬ屈辱に耐えて何度も死線を超える
軍隊生活を強いた国家と軍隊への解きがたい不信と怨念、そして
その戦争の生贄にされ続けている弱者を見向きもしない戦後の政治への
激しい憎しみの故だと書く。

 まるで見えない手で胸倉をつかまれ、激しく揺さぶられているような
読後の気分は今この時も続いている。中学生で自衛隊の違憲性を考えさせられ、
高校の日本史で「侵略戦争」の一部始終を詳しく教えられ、体制への
反逆心を燃やして過激なデモに駆り立てられた私たちが、いやまぎれもなく
この私が、その体験を自身の内にどう据え直すか。福島さんの存在が
突きつけてくる問いは厳しく鋭い。

 「日本人の戦争体験は加害の歴史をいっさい隠蔽し、自己の被害者感だけで
構築された虚構である」という福島さんの言葉は重い。「広島の恥部」を
すべて覆い隠してつくられた平和記念公園、そこに当初は韓国人被爆者の
慰霊碑はなかった。広島市も広島市民もそれを拒んだからである。
「一方的に差別と抑圧があり、無法を法として押しつけ、偏見を無意識の
ところまで定着させておいて、偏見を偏見と思わせないこの状況がある限り、
日本人は人道とか正義とか、平和とかを口にするのはナンセンスだ。」
著書のなかで紹介されている在日韓国人宋斗会の言葉である。彼はその
過激な言動で孤立化し、それでもなお最後まで権力に立ち向かって戦い
続けた孤高の闘争家であった。

 全ての過去を隠蔽し、のっぺらぼうになった広島。
それは昨年の3.11を経てなお現在の日本全体の姿である。
今オリンピックやサッカーのワールドカップで無邪気に君が代を歌い、
日の丸を打ち振る若者たちは、戦争にまつわる忌まわしい自国の歴史を
知らない。教科書からはとおに「侵略」の2文字は消え、「南京大虐殺」も
「韓国人従軍慰安婦」もなかったことにされて、「自虐史観」などという
言い方までまかり通る今、「ネトウヨ」と呼ばれる若者たちの台頭が
差別に彩られた稚拙なナショナリズムの席巻を予感させる。

 折しも昨日の日経は、大阪の橋下徹市長が自民党の安倍晋三元首相
などとの連携を模索し、新党立ち上げを準備していると報じている。
強力な日の丸君が代信奉者の橋下と憲法改正論者の安倍が手を組めば、
日本が進む道は大方決まっているようなものだ。それでも選挙になれば
かつて小泉が圧勝したように、思考停止した人々はムードに流されて
彼らを選ぶのだろう。自衛隊は晴れて軍隊となり、格差は広がり、
社会保障はじりじりと切り詰められる。生活保護がアメリカのように
有期現物支給になる日も遠くないかもしれない。

 私たちは戦わなければならない。
福島さんの言うように、「勝てなくても抵抗して、未来のために
一粒の種でもいいから蒔こうと」しなければならない。
「逃げて再び同じ過ちを繰り返し」てはならない。
生涯を国家権力との戦いに投じた老写真家の存在を賭けた呼びかけに、
私たちも存在を賭けて応えなければならない。

 
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2012年08月10日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

「素戔嗚尊魂」再び!

 新しいPCが事務所に来てからかれこれ3週間。
やっと少し慣れてはきたが、引っ越しのお片づけこれにて完了
というところまではなかなかいかない。それにもう一つよく
分からないまま契約してしまったワイファイ通信に
今頃になって祟られている。

 とにかく今までのプロバイダーを解約すればいいんだよね、
ということでビッグローブはさっさと解約した。だけど
光電話があるから光フレッツはそのまま継続するんだろうと
放っておいたら、NTTからハガキが来た。問い合わせてみたら、
光フレッツをこのまま解約しないと月々回線使用料を
5,500円も取られるという。結局光電話はアナログに戻さなくちゃ
ならなくて、そのための工事が何と11,000円もかかるんだって!
そのうえパッケージ料金で500円と安くなってた電話の基本料が、
1,780円に跳ね上がるっていうのよね。

 それでも今更どうしようもないから、工事は頼んだ。
他社に契約を変えようかと思ったけど、NTTで工事したあとじゃなきゃ
だめだって言うし。オノレ、民間とは名ばかりの官営独占企業メ!!
と怒り心頭に達したところで思い出した。
覚えのあるこの感情、忘れもしないこの怒り。
<詳しくはこちらを読んでね>
取られっぱなしにしておくものか。
工事の受付のお姉さんにぶちまけた。

 びっくりしたお姉さんは、すぐに私が告げた渋谷光販売のK氏に
連絡をしてくれた。「今は不在だが明日の午前中には必ず電話
させるとのことです」という返事も伝えてくれた。だけど
丸一日待ってみてもウンでもなければスンでもない。
こんなことだろうとは思っちゃいたけど、今度ばかりは
後には引かない。きっちり落とし前はつけてやるぜ!

 そこで満を持して今日K氏に電話。
案の定K氏は不在だったが、代わりにM氏が電話で来週の来訪を
確約した。彼に「今回けりがつかないようだったら、当方の
弁護士に相談します。」と釘をさしておいたから、今度こそは
何とかなるんじゃないかと思うけど、何せ相手は大怪物、平成の
ヤマタノオロチ。まだまだ余談は許さないかもねえ。。。



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2012年08月03日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

脚本を脱する者が世界を変える

 連日時間があればオリンピックを観戦中。
勝者あれば敗者あり。さまざまなドラマが展開している。

 こういう大舞台ではアスリートたちの脚本が垣間見える。
以前、サッカーのワールドカップでこんなことがあった。
こちら
ここまではっきりしていなくても、ミニスクリプトはあちこちに顔を出す。

 例えば体操の内村航平選手。
素晴らしい演技で個人戦の金メダルを獲得したが、
団体戦では明らかに脚本に入っていたと思われる。
「なぜか分からない」という彼の言葉があったが、
無意識のなせる業なのだから、意識では分からなくて当然。

 
 オリンピックで期待を一身に集める選手には、
意識せずともプレッシャーが大きなストレスとなって襲いかかる。
そのストレスを克服して結果を出すためには、自力で脚本を抜け出す力が必要だ。
内村選手にはその力があった。
自分への信頼感、成功へのイメージ力、忍耐力、あらゆる心の力を総動員して、
彼は脚本から脱却し、個人戦に臨んだのだろう。
見事なものである。

 もう一人、脚本の脱却力を見せつけた選手がいる。水泳の北島康介。
メダルは取れなかったが、そのリスクを恐れず挑戦する姿勢は、万人の胸を打った。
平泳ぎの歴史を変えたと言われるこれまでの軌跡のなかで、彼はどれほど
脚本と戦ってきたのだろう。
その脱却力は多分物凄く鍛えられている。
敗北の弁の爽やかさはその賜物だと思う。

 脚本はアスリートのみならず、誰にでもある。
しかし、大きなストレスに晒されることが常人よりも多い彼らには、
脚本からの脱却力の強さが是非とも必要だ。
必死に脚本を超えようとする選手たちの姿に感服するのもまた、
私にとっての五輪の醍醐味である。


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2012年07月27日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

ディスカウントスパイラル

 新しいPCで書く最初のブログ。
まだ引っ越しが完了せず、椅子の上に置きっぱなし。
その前に立膝で座ってキーボードを打ってる。
何か落ち着かないけど、もう少しの辛抱。
とにかく今にも飛んじゃうんじゃないかというドキドキストレスからは
しばし解放された。

 ところでこの新PC。
ワイファイとかいうよく分からないもので動いてるらしい。
今までの光の線は御用済み。
手のひらサイズの四角いルーターひとつで事足りてしまう。
携帯電話のPC版っていうか、スマホのでっかい版っていうか。
んじゃなくて、スマホがPCのちっちゃい版?
まあ、何でもいいか…。

 出向いた渋谷の量販店でいろいろと見て回った。 
以前は高価で手が出なかったノート型がずいぶん安くなってる。
おまけにプロバイダーを乗り換えれば5万円もの割引があるという。
ルーターは1円だって。
え、そんなに安くていいの?
初期のころの携帯とか、今のスマホの通信料の争奪戦みたいなもんか。

 店員に呼ばれて通信会社の人らしいお兄さんがいそいそと飛んできた。
2年は解約できないんですがいいですか?
いいけどその間に死んじゃうかもしれないじゃん。
いえ、それは…まだお若いですから…
なんてやり取りも交え、面倒くさい通信費システムの説明を聞いたけど、
半分以上は上の空。
購入終了までざっと1時間余。疲れた〜!

 わざわざレジまでついてきてくれたお兄さんは、契約成立で嬉しそう。
聞けばこの量販店の社員ではなく、通信会社からの出向で、
朝10時から夜10時までの12時間労働。もしかしたら給料歩合?
この店の店員さんも含めて、皆オーバーワークを強いられてるんだろうね。

 このPCは東芝ブランドだけど、工場は途上国にあるのかもしれない。
そうじゃなくちゃ、こんな投げ売りみたいな値段で売って割が合うはずがない。
こうして日本国内の工場の雇用はどんどん縮小され、激化する通信機器販売合戦は
末端の派遣社員や非正規労働者の過酷な長時間労働で支えられているのねえ。。。

 消費者としてはモノが安く買えるのは嬉しい。
しかし、手放しで喜んでいていいのか?
PC一つの買い物にも、今の日本の経済のからくりが透けて見える。
こんなことを続けていたら、しわ寄せは全て経済弱者にくる。
少しでも安いものを買いたい消費者としての自分が、
市場主義に翻弄される労働者としての自分の首を絞めている。

 何か月か前にネットで3,000円代のプリンタを買ったときにも
同じような気分になった。
5万円引き高性能PCへの複雑な思いもしばらく消えそうもない。
それでもさくさく動くPCはいい気分♪ 
ほんと、人間ってスプリットしてるよね。


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2012年07月20日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

<自由>への道程

 昨日までの暑さが嘘のように涼しくなり、
折悪しく目の前で始まった工事の騒音を遮断するために
窓を閉め切っても余り気にならない。
こんなときは読書に限る。

 そこでF子さんに貸して先日戻って来た
「天上の青(上・下)」(曽野綾子著・毎日新聞社刊/1990)を
読み直すことにした。

 この本は数回は読み直しているのだが、
それも大分前のことなのでデティールについては
覚えていないことも多い。以前何かで曽野氏が
「この小説は<自由>をテーマにして書いた」と
語っているのを知って、もう一度読んでみたいと
思っていたのである。

 曽野氏はクリスチャンなので、描かれる心性には
その影響が窺われるし、<自由>についても宗教的な
概念による希求が芯になっているように感じる。
何の宗教的な素地もない私が、それでも氏の小説の世界に
惹かれるのは、生きている限り否応なくこの世の苦しみや
悲しみに繋がれている人間が、そうした不自由の極みから
<自由>を希求したとき、必ずや何らかの助けが必要になると
思えるからである。

 この小説には、連続殺人犯の「宇野富士男」という男が
登場する。世界への敵意に満ちた、世間的には「鬼畜」と
呼ばれるようなこの男を、彼の唯一の救いとなる女性
「波多雪子」がいかに選択的に受け入れていくか、その
苦悩に満ちた彼女の内的過程が描かれる。まさにそれが
彼女の<自由>への道程である。

 クリスチャンの雪子が自らの選択に迷い、教会を訪ねて
相談する場面で、神父が「ウノという名前は、スペイン語でも
イタリア語でも一という意味だし、英語でもワンは人を表す。
ウノという意味には人類、人間一般という意味が内包されている。
その点でもっとも謙虚で、もっとも雄大な名前だと思っていたから、
ことにああいう犯罪を犯す人が『人間』を意味する苗字でよかった、
と僕は思うね。あの人だけが特殊じゃないんだ」と言う。
ここにも曽野氏の思想が表れていると思う。

 確かに自分を振り返れば、私にも「宇野」の要素が
沢山あることに思い至る。折りしも先日からある犯罪で
逮捕された男性へのカウンセリングを引き受けている。
刑務所でのプラスティックの板越しの面談は初めてだ。
彼のなかにも私は自分を見ている。
宗教に支えられた雪子の境地に至るには程遠く、
自分の不自由さばかり痛感するが、私は私なりに
不自由な自分の心の内を余すことなく見据えることを武器に、
<自由>への茨の道に分け入っていこうと
改めて覚悟を決めたのである。



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