(長短の尺度は個々に任せるとして)
どれだけの人と出会ってきたのだろう。
両親にはじまり親戚、近所の子、学校の先生や同級生
恋に落ちた人した人、会社関係等々
たくさんの出会いがある反面、別れや音信不通もある。
コミュニケーションというのは、
実に厄介であり、むしろそのコミュニケーション
があるからこそ、個人の問題にぶつかり
他者とどう関わるのかが問われてしまう。
しかしコミュニケーションがなくなると、それらを味わずにすむかわりに、
自分は一体何かというナンセンスな自答をし、
人にフックや操作性をもっても関わりたいこともある。
ストレスフルなまでに、自分を確認したい病理。
「人との出会いを楽しみましょう」
お決まりめいた出会い標語があるなら、それもいい。
でもそれだけじゃない、一瞬の感情の風が吹き人を拒絶したいこともある。
それは人嫌いとかを指しているのではなく、
コミュニケーションに起きる全ての名のもとにある、
他者の存在だ。
だからこそ、自分は人と出会い、別れを繰り返す
お決まりに一興します。