隣から音が響きだしたのはこの1ヶ月ほど。
音の質から、かかとから強く踏みこむ歩き方だろう。
経験上隣から聞こえてくる音というのは、
扉の開閉やテレビの音、話し声といった生活音が多い。
逆に足音は階上、あるいは下から響いてくる。
そう思ってきたせいか、
隣から足音という不測の響きは相当耳障りなのだ。
隣人は、私より後に入居をした。
いまどきの賃貸では入居時に上下両隣への挨拶はないらしく、
どんな人なのかわからずにいた。
歩き方から推測すると、一人暮らしで体格のいい男性だ。
そう考えてある日隣人が外出するのを見計らって、
部屋の窓から覗いてみたら女性だった。
女性がかかとから強く踏む歩き方ということは、
ひょっとしたら足が悪いのかもしれない。
しかし響く音は、意識しているだけ日に日にひどくなっていた。
たまりかねて一階に住む大家を訪ねてこの件を話すと、
なんと大家のご子息夫婦が住んでいるということがわかった。
大家いわく、その夫婦は近くの広めのマンションに住んでいたが、
諸事情により住めなくなり、
空いていた私の隣の部屋を使わせることにしたそうだ。
しかし足音については、
「賃貸をしている親の元で育ったから、
他の入居者なら配慮することに気が回らないのだろう」という、
私には理解しがたい親バカっぷりを聞くこととなった。
ともあれ、事情がわかると一気に胸のつかえが取れていくのを感じた。
私も生活音を出しているので、とやかく言えるものではない。
しかし足音の件だけでなく大家の家族なら越してきた時点で、
ひと言挨拶があってもいいだろうにと、私の価値観はささやいている。
それは音自体への不快だけなく、
正体のわからない音への緊張があるからなのだ。