2010年10月08日


かなりん <カウンセラーかなりんの遊々随想>

只今格闘中

 罪のない人を何年にも渡って投獄し、明らかに罪を犯した奴の釈放を要求する。
全く中国というのは度し難い国だ。まあ、過去日本も同じようなことを散々してきたのだから、
偉そうなことは言えないかもしれないけど。

 今月の「社会福祉士養成講座」のテーマの一つは、「人と環境」である。
(因みに今月はレポートが4本もある。まさに地獄の快楽?!)

 「ソーシャルワーク専門職は、人間の福利(ウエルビーング)の増進を目指して、
社会の変革を進め、人間関係における問題解決を図り、人びとのエンパワーメントと
解放を促していく。ソーシャルワークは、人間の行動と社会システムに関する理論を
利用して、人びとがその環境と相互に影響し合う接点に介入する。人権と社会正義の
原理は、ソーシャルワークの拠り所とする基盤である。」
(国際ソーシャルワーカー連盟によるソーシャルワークの定義)
フムフム…。

 ノーベル平和賞の選考委員会は、劉暁波氏と氏を取り巻く環境としての中国との
接点に見事介入した、ということか。事前に中国側からの圧力もあったというから、
まさに勇敢な選択である。気に入らなければすぐに「対抗措置」を持ち出す中国だが、
今度はノルウェイ相手にどんな手を打ってくることやら。
今のところ「人権と社会正義」の原理が貫けるかどうかは未知数だが、先日の日本に
対するような理不尽は通るまい。今後の世界世論の動向次第では、何らかの対応を
余儀なくされるかもしれない。

 と、たまたま今日のニュースを「福祉論」に当てはめてみたのは、またしても
レポートで四苦八苦してるから。頭の中は「エコロジカルパースペクティブ」
とか、「サイバネティクス」とか、「人と環境」の交互作用に関係あるらしき
横文字が飛び交っている。この考え方に影響を与えたという「システム理論」と
やらは、何度読み返してもいまいちこなれてこない。しかし「環境(状況)の
なかの人」という概念は分からなくもない。その接点の様相が途方もなく複雑だと
いうことも。そんななかで耳に入ったノーベル平和賞のニュース。思わず具体例と
して借用したけど、結構ぴったりくる。システム理論にはもっと身近な事例を
応用してみたらいいかもしれない。

 「ノーベル平和賞」といえば、かの福祉の大御所マザーテレサが思い浮かぶ。
こちらの方は「福祉」と宗教的価値観の関係を考えるのにいい材料だった。

 そういえば中国の社会福祉士は「社会工作員」というらしい。
余りぞっとしない名称だ。彼らは上記の定義をどう理解しているのだろうか。
テキストによれば、ソーシャルワークでの「環境」とは外側に存在するものだけでなく、
内的な心理状況や能力などにまでその概念を拡大する。ということは、人もその環境の
一部であり、システム化された循環のなかに組み込まれている。ニュース画面が
途中で切断され、インターネットの情報も検閲されるというかの国では、社会工作員
もまた「誤情報化」に晒され、それに基づいた文化システムに組み込まれていると
いうことだ。

 翻って日本の社会福祉士。彼らの内的環境やいかに。
平和ボケした日本で、社会福祉士も一緒になってぼけてちゃいけない。
「派遣村」をやった湯浅誠氏は、社会福祉士なんて資格はなかったけど、
ちゃんと「環境(状況)のなかの人」という観点から福祉を実践していたんじゃないか。

 ところで今月のテキストには、懐かしきロジャーズの三原則が出てきた。
システム理論の「自己組織化論」とか、「人ー環境システム」の理論には
人間を「有機体」としてとらえ、クライエントとカウンセラーの関係性が生み出す
環境によってクライエントが自己をエンパワメントしていくという、ロジャーズの
理論と通ずるものがある。カウンセリングの事例にまで落とし込めればこっちのもの。
明日もまたレポートと格闘だ。

  


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posted by CSNメンバー at 23:59 | Comment(0) | TrackBack(0)
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