身体の芯が何だかだるくて今一つはっきりしません。
こんな日はなにもしないで寝て暮らしたいと思うのですが、
なかなかそうもいきませんね。
昨日の日経の文化欄に宇野邦一氏が「安息日には」
と題したエッセイを寄せていましたが、ユダヤ教の安息日
というのは「労働しない。機械に触れない。お金を手に
持たない。車に乗らない。電話に出ないし、かけることも
ない。料理もしない。」と徹底しているのだそうです。
現代の日本に暮らす私たちにはとてもできないような
ことばかりですが、「休日もコンピューターから離れられない
自分に、こういう安息日を課してみようかと思うことがある。」
と宇野氏は書いています。
それはそれで結構大変で却ってストレスになったり
するのかもしれませんが、ひと月に一日くらいはそういう日を
意識的に設定してみるのもありかもしれませんね。
「今日は私の安息日!」と宣言して、絶対に何もしない。
そうすることで、時間に追われる普段とは、別の景色が
立ち現れるような気もします。
とはいえ、オフの日に風邪ひきのハッキリしない頭に
むち打って、こうしてブログなんぞを書いている私には、
とっても無理な相談かも。電話はかけなくてもかかって
くるし、宅配便は届くし、新聞代の集金もやってくる。
第一料理をしなけりゃ、空腹にも耐えられないよ〜。
まあ、今日は短めのブログで手を打って、さっさと
ご飯を作って食べ、早めに寝ることにします。
「半安息日」というところかな。
それにしても、ボーッとしている間に経ってしまう
時間の何と早いこと。宇野氏は「そういう時間の数値と
自分の心身が過ごした時間との間に断層ができている」
と言い、「そういう時間のからくりから離脱するには、
『安息日』が必要なのかもしれない」と述べています。
本当に、うかうかしているとせっかくの「半安息日」さえ、
時間に追われて過ごすことになってしまいそうです。
知らず知らずのうちに人間がとらわれているものは
数多くあると思いますが、「時間」というのはそのなかの
最たるものなのかもしれませんね。

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